2023/11/23(木祝)  14:50

 

 

 

ひたすら寝てしまっていた。まったく、次の日が休みだったら、夜遅くまで仕事をして翌日昼過ぎに起きる生活感をどうにかしたい。やはり一番は、仕事でタスクを振られた際に、完成度高くこなしたいというプライドの高さだろうか。

後輩社員を見ても、はっきりタイプが二分している。一方はやはり完成度を追い求めるタイプだが、もう一方は定時近くに上がることを最優先してタスク遂行の質については二の次である。当然、後者に対する評価が自然と下がり、これは伴ってチーム内での信頼関係の破綻をも生み得るものであり、実際、課内雰囲気は改善の見込みが無い状況である。

前者はそれなりに感謝されるべきなのだが、給与テーブルに差があるわけではなく、結局は階級だけで判断されてしまう。あとはボーナスに若干響きはするものの、前述の意識高い後輩についてはついている上司が評価厳しく、望むほどには高く評価されていない現状というのが、本当に可哀想になってくる。こうして見ると、皆、見事に不幸じゃないか。

 

共感性の高い性分故に、何かと不満を零してしまう筆者自身の待遇が改善されたとて、代わりに周りに居る人々が不幸になっていく様子を見ていると、どうも遣り切れなくなってくる。とはいえ、この共感性の高さというのは間違いなく一般的ではなく、この性分を周囲は何一つ理解してくれない。孤独というのは、一人家で居るよりも、周りに人が居て初めて感じるものだ。

こうした孤独感こそが、会話不足解消と自己分析して、アイドルのライブではなく風俗回収へと、余暇の使い方に一つ柔軟性を持たせた真の理由と言えるだろう。使命的にアイドルを応援するというのは、それを望むアイドルがいて初めて需要として成立するものであるが、今日のアイドル界を見れば自明だが、技術面での高い志を有しつつ救いを求めているアイドルというのは誰一人存在しない。もし前者を仮定すれば、歌唱力やダンス力、さらにはコミュニケーション力などの技術面で優れている者は自然と注目を浴び広く推されるようになった今日のアイドル界故に、救いを求める必要性は無くなってくる。一方で後者を仮定すれば、それは技術不足による人気不足であって、いくら使命的云々と掲げようと応援する価値に見合うかというと、かなり微妙だ。

 

そんなわけで筆者は、応援対象にあたって、志の高さまでも追い求めてしまう、厄介な性分になったのだと分析できる。

これも結局は、長らく地下アイドルを多数見てきたことで、数多く存在するアイドルの、なんだろう、ヒエラルキーのあのピラミッド図のようなものだろうか、あの全体を個々人レベルで把握してしまったがために、応援対象というのを選り抜けるようになってしまったと言えよう。ちなみに普通の人の場合は、アイドルを見知ったとしてもわずか数人程度であり、その中から推しを決めて応援を続けるものだ。とはいえこれもこれで、結局は一応選り抜いているわけであり、と考えればやはり今後も、優れた者は広く推され、劣る者は一人佇み、という知名度面での格差というのは今後も解消され難いだろう。

 

 

 

選り抜く、という点では、今日の筆者で言えば、風俗嬢、あるいはソープ嬢でも同様に、数多くの嬢と逢ってデータを蓄積して、自分と合う合わないをやってみてもいいのかもしれないが、当時、アイドルを強く応援していた身からすれば、やはりこれが実になるまではかなりの時間を要すると考えられるし、言ってしまえばアイドルはライブや物販においてデータ収集のためにそこまで金銭を要するものでもない。しかし風俗となれば、飛ぶ金額もかなりのものだし、自己分析兼他者分析という目的であれば猶更、種別やグレードなど問わずに開拓を多々こなす必要があろう。確かに過去に筆者は、今とりあえず生きているのは貯金がまだあるから、これがゼロになるまでは何が何でも死ねないけどゼロになったら即自殺する、と書いたし、今でもその人生ポリシーは揺るがないが、上記に加えて、しかし無闇に浪費するわけではなく一つ一つ自分なりに価値を見出して納得した上で対価を捧げる、というのもまた、今日も引き続き掲げている志のようなものだ。だとしたら猶更、その価値の結果というのが、アイドルではなくて風俗嬢というのが如何せん理解し難いだろうし、少なくとも普通に会話で出せるような内容でもない。実際、こうした内容の影響なのか、前述の通り、課内からは冷遇されている今日であり、状況も悪化の一方である。

 

しかし、そもそも振り返れば、コロナによって尊敬できる先輩社員が軒並み辞めた時点で、人生を普通にかつ無難に過ごすのであれば、まず転職すべきだっただろう。これも以前書いた通りだが、出逢いというものもまた人一倍大事にしがちな筆者であり、その結果として現企業への残存を選んだわけだが、技術面に限らずとも人間的雰囲気という点でも前述、決して良い環境ではない。だとしたらそれこそ転職だろうか、となってくるが唯一残された希望としては、タスクが常にあり、暇になり得ないことだ。社畜極まりなしといったところだが、別に自営業ほどに不安定な道でもないわけだが、やはり職種問わず、仕事が何も与えられないことこそが一番に恐れるべき状況なのではないだろうか。そう考えれば、何ら悪くないと肯定できるかもしれない。

 

まあいずれにしろ、現職を100%状況否定できるわけではないということだ。そんな理由であれば、仮に転職を果たしたところで、転職先からは怠惰的な人間だと推測されてしまうに違いない。もっとも、大半の人間は仕事などせず遊んで暮らしたいと願うものだろうし、そう怠惰的でも問題無いのかもしれないが、相変わらずプライドの高い筆者である、そう思われてしまうぐらいなら業務時間外でも喜んで労働する社畜だと思われた方がネタになってまだイメージが良いと考えてしまう。

 

 

 

彼女はシフト制だと言っていた。土日休みは当たり前だが需要が高く他社員に取られがちなようだ。言ってしまえば、彼女は彼女でまだ入社1年目であり、当然、この倍率高い曜日休みは取得し難いだろう。そんなことは彼女も十分解っているわけだが、一方で平日休みとなれば、普通の社会人からすれば逢いにくいことも解っている。やはり一番は有休消費が伴うことだろう。まあ筆者の会社に関しては、タスクが逼迫して土日出たいとなれば快く受領してくれるので、それで代休を常にストックしておくことは可能であり、今年度中に使わなければいけない有休もまだ残っていることから、今のところ、問題無い状況ではある。

しかし、これも年度末や来年度などキープできるか確証は何も無く、何より、他の固定客に関しては筆者ほどに有休面で好状況とも言い切れないわけだ。風俗嬢の割には、彼女は人との出逢いというのを大事にしている節がある。そんなの結局は金源、大事にすることでループやガチ恋などが期待できむしろ当然じゃないか、とも言えそうなのだが、筆者ほどに共感性高い人間であれば、そのアプローチたるものが商売上の表面的なものなのか、それとも性分や性格面で根から生じたものなのかは見分けられる自信がある。どれだけ数多くのアイドルと逢って話してきたかということだ。話を戻せば、要は、固定の太客に回収面で精神的負担をかけないためにも、平日休みが多いが故にそこまでソープ出勤しないという選択に違いない。

 

厳密には、これ以上に、彼女自身がそこまで性欲が強くないこと、人間的依存無くしても孤独解消できるという性格もあり、どちらかといえば、客の自由よりも自分自身の自由を優先して出勤選択しているような節がある。このあたりも客側からすれば好嫌様々だろうが、筆者個人としては、風俗というハードで危うい職種で働く以上は、精神的負荷ぐらいは背負ってほしくないし、義務感とか使命感とかは抱かずに務めてほしい想いが強い。もちろん、金を稼ぐ必要がある人については、今後も引き続き頑張っていただきたいところではあるし、自分自身を見失うほどに働かないとどうにもならない人も中にはいるだろうし、そういった背景というのも結局は千差万別である。肝心なのは、そういった個々人の背景に対して、客側が共感を得て、1対1の空間をより濃密で酔狂な時間へと昇華できるか否か、その判断で本指名云々と据える嬢を選定すべきだろう。

 

振り返れば、アイドルという存在、職業を多々考えて語るにあたって、その延長かもしくは逆に根本とも言える、二十歳前後の少女、という対人間な議論を多々行ってきた。初めは拙いものばかりではあったが、今ではそれなりに中身ある、読み応えあるものは仕上げられている自信がある。もっとも今ではその職業がアイドルではなく風俗がメインとなってしまってはいるが、こうして考えてしまうのも結局、人に興味があって、あれこれ言葉を並べてみるのが好きなのだろう。

 

 

 

そうだな、気付けば最近、秋冬にも関わらず晴天が多かったこともあって、薄い理由で雑に外出してしまっていたものだ。もちろん、これは身体的健康面からすれば喜ばしいものであり、外を歩くことで伴って精神的にも健康へ近付くのだろうが、この祝日、結局は一度も外へ出ず、10時間程度とひたすら寝て、遅めに起きてこうして執筆して、ということで、運動不足極まりないのは否定し難いところだが、最近感じていた業務効率の低下、結局は仕事含めた自分自身についてこうして立ち止まって考えることをしなかった、いわゆる暗黙的習慣の遂行欠如たるものが、そんな業務影響を生んでしまっていたに違いない。

 

嬢への好意や愛情という点では今日かなり軽減、いや厳密に言えば、生活が破滅的になるほどには悪化していない、とでも著すのが相応しいだろうか。やはり彼女のことを想えば、一人の人間として、数年程度ではあるが人生の先輩として、ちゃんと生きなければという想いが湧いてくる。これに近しいものとしては、コロナ前、地下アイドル現場で何度も観てきた専ヲタの方々の背中姿が挙げられるだろう。ただ、あれはあれで至極刹那的であったし、彷彿の際には記憶定着という側面で定期的な参戦が必要だったのも事実だ。今では、そういった志高き現場はほぼ壊滅したと言っていいだろう。そもそも、アイドルを使命的に応援すること自体が、令和という時代と逆行するようなアイドルとの向き合い方であって、アイドル当人からしても決して喜ばれるものではなくなってきた。故に、そんな時代の大変化こそが、筆者を純粋なドルヲタから卒業させたに等しいわけである。

 

しかし、前述の如く、非常識な労働環境に対して反転的にソープ嬢を据えることによって、負のエネルギーを正へと変換させているに限らず、嬢以前に一人の新社会人として捉えた際に我が身を奮い立たせ、一社会人としての刺激へと変えることもできているわけだ。こうして多々考えてみれば、やはり、彼女以外を愛して、人生の軸に据えるというのは、かなり難しい気がしてきた。

金銭的にも、独身兼貧乏性な故に何ら困っておらず、孤独面や性欲面でもそこまで結婚を求めていないしむしろ可能であればしたくないぐらいだ。しかしそれでも労働しなければ社会的立場上よろしくないし、結婚への圧という点でも何もしなければきっと今頃圧し潰されているだろう。などと考えれば、彼女と逢う頻度、職業的立場、そして性格面など総合的に判断して、やはり我が人生にはプラスになっている。有益だ。そんな理由で愛を判断すべきではないし、そもそも愛情などはそう簡単に操作できるものでもない。なので結局は、執筆という名の言語化による、自己肯定の導出に過ぎない。(4759字)