「05」I’mew(あいみゅう)「主体性を持ってライブに取り組むということ」

今回の対バンで挙げるアイドルについては、こうした議論は不要なのだが、まず、観客に伝わるまたは記憶に残るようなパフォーマンスをするためには、当たり前かもしれないが、主体性を持ってライブに臨むことが欠かせない。

しかし、これができているライブアイドルというのは、それほど多くないのが現状だと、厳しいようではあるが、筆者の主張である。というのも、ライブアイドル、まずは場数を重ねて経験を積ませることに追われてしまって、出演予定を入れたはいいものの、アイドル自身が乗り気ではない、またはステージに立つ自信が無いなど、それはむしろ積極性と呼ぶべきなのかもしれないが、いずれにしろ、他の誰でもない「自分」がステージに立つのだと、真に把握してしっかり構えてステージに立てているアイドルは多くはない。

こうした議論を、本アイドルのレポで記すべきはないのは、重々承知している。というのも、本アイドルはプロデュースのレベルが高く、知識あって満を持してプロデュースしている、という印象が強い。それはつまり、プロデュースしたい、かつし続けたいと思えるような「人財」が揃っていなければ叶わないものであるため、一概にイコールではないが、優れたプロデューサーが付いているアイドルというのは、その人となりでも推せるものだ。

ただ、前回参戦した際には、話を戻すが、それほどパフォーマンスは伝わってくるものが無く、味気無さすらあったのを覚えている。反して、今回はメンバー総じて、積極性溢れる素晴らしいライブだったのだが、物販で彼女、吉乃曰く、グループ内最多フォロワーである中澤が別仕事で出演できなかったためかなり不安だったとのことだ。

しかし、こうしたピンチ、逆境こそが、アイドルを成長させるのである。以前別アイドルで記した、コロナの実感染による休演メンバー多数でもステージに立ち、ライブを届ける、それはエンターテインメントの「真髄」とも呼べる、一表現ではあったが、本グループのように、為すべき姿や理想があって、そこに目指してステージングを紡ぐ、または維持するというのもまた、趣深い、アイドルライブの醍醐味である。

 

 

 

「09」月に足跡を残した6人の少女達は一体何を見たのか...「葛藤をも表現と化して」

別に彼女たちが葛藤の最中にいるというわけではない。もしそれが真なら、個々人が精神的に疲弊しているなどで、事務所やマネージャーのケア不足である。しかし、これは事務所的にまずあり得ない。もちろん、リアルにそうだった場合、ライブパフォーマンスした際に表現に乗っかってくるものは計り知れないが、それは欅坂がそうであったように、アイドルとして挑戦すべき表現様相ではない。最低限の人間味を損ねるべきではない。

ただ、そうなってくると、本グループの世界観、どこか陰湿な、しかし澄み切ったものというのは、現実の延長ではない「仮想」のものとして、表現を創り上げる必要がある。これをクリアしようと頑張る必要はもちろんあるのだが、頑張り過ぎてもいけないのが、この方向性の難しいところである。なぜなら、楽曲表現とは、ライブアイドルではその場数の多さから、自己暗示に成り得る。少なくとも、歌詞を口から発し、音を出すと共にメロディーを聴き、ダンスを以て世界観を表現する。それは間違い無く、観客よりも深く、その楽曲と向き合っていることになる。結果として、世界観に呑まれて人間味を喪う危険性があるため、それが経験則と化して、今日のナチュラル系の流行に繋がっている。

要は、ツキアトというアイドルグループ、持続させるだけでも困難であるはずなのに、今回のライブ、表現面でも非常に素晴らしかったと感じ、純称賛ではなく、超称賛に位置付けようと至った次第である。まあ、YouTube企画などで人間味提供を補填しているところは秀逸だが、今後も引き続き、事務所由来のケアを強く信頼したいところである。

 

 

 

「10」ヒップバーン「『瞬間』を楽しむ姿勢こそ、代え難きエネルギー。」

何かと筆者のツイートをいいねしてくる湊というメンバーがいるアイドルグループだが、グループ、と呼ぶのを躊躇うぐらいには、構成人数が少ない。個人的には、少数精鋭だと捉えたいところだが、否、厳密に言うのであれば、より自由にライブを行いたい、その表れではないかと、筆者は考える。

グループの構成人数が多ければ、自然と賑やかになるし、一般的には多様的にメンバーを揃えて、一グループだけでも様々なメンバーを設けることで、広い層にリーチできるというメリットがある。加えて、男性ではなく女性アイドル、そもそも集団でいることを好むため、少なくとも五、六人というのが、一般的なライブアイドルグループの人数だ。

しかし一方で、人が増えるというのは、多様性や個性などと相反する、思想や言動の違いというものが出てくる。結果、人数が増えれば増えるほど一般的に結束力は弱まり、グループ全体で為す方向性や一体感というものは自然と薄まってしまうものだ。

そのため、あえて少人数でグループ構成し、ライブを行うというのは、結束力を強めやりたいライブを叶えるためには確かに有効ではあるのだが、湊が脚の怪我により休演な今日、二人という人数だと「シンクロ」や「対照性」というのがまた議論観点として付与される。

「シンクロ」に関してはその言葉の通り、如何に二人の息が合っているかというのが問われる。これが凄まじいものだと、当然一般的な構成人数では為し得ないパフォーマンスが実現できるし、特に対バン形式への出演であれば観客に与えられる印象は強いものを期待できる。過去の例としては、コスメ所属の『じゅりえり』を挙げたいところだ。

一方で、「対照性」というのは、これと真逆で、個性が大きく異なる二名を揃えることで、その構成人数の少なさだろうと多様性、いや、「二極」という、ある意味、多様性の原点とも言えるシンプルさ、そしてバリエーションというのが展開できるわけだ。ただ、これが全く理念の異なる二名であれば、そもそも二人でステージに立ってライブをするなど叶わないわけで、対照性、と言っておきながらも、最低限の共通認識が必要になってくるあたり、この「対照性」というのも、「シンクロ」同様に難しい要素なのだ。

やはり大人数グループの方がメリットはあるし、だからこそ、「それでも」二人で、となると、この二つのどちらかの要素を満たさなければ称賛は難しいのだが、見事、本グループは「対照性」で魅せてきた。赤担当の月野、水色担当の鳥越、この配色だけでも良き対照性なのだが、その配色に見合ったパフォーマンスというのも素晴らしいものであった。月野は歌唱ベースで情熱的に攻めてきたし、一方で鳥越はマイペースな雰囲気がありながらも月野が多少疲れてきたタイミングで、パフォーマンスで自然にアシストする。もし、月野ソロでライブしていたら、きっと燃え尽きてしまうだろう。彼女は本当にストイックだと思うところだが、そんな彼女を支える役割として鳥越は欠かせないし、パフォーマンススキル面では鳥越ソロでも立ち行かないと考えるので、まさに、互いが互いを助け合って、ライブを創り上げる。それもやはり、ライブを愛し、より良いものを創り上げたいという想いが共通しているからこそ実現できるのである。

黄色担当の湊が復帰した際には、この「対照性」という、二人体制特有の魅力は喪われてしまうのだが、逆に言えば、ここまで完成ルートが見えた状況で彼女の存在意義が発掘されれば、如何に優れた人財かというのが解るわけだ。ステージに立たない間、本グループに限らず、日に日に高まるライブアイドル界のレベル故に、不憫な想いも湧き上がってくるが、復帰後の奇跡に賭けて、またステージに立つ日を待ちたいと思う。

 

 

 

「12」ぼくはまだしなない「塗り替えた印象とグループ名の意味」

今日、ライブアイドルでも、ライブ以外を頑張ることが自然と求められている。

代表的なものが、メイクやファッション、旧きアイドルとして、ではなく、男性に限らず女性からも好かれる、愛され得る立場として、アイドル以前に一人の女性としてもこうしたスキルが求められ、身近なところでは、SNSで魅せることもまた、欠かせない時代になっている。それを踏まえて、本グループのツイートを度々見掛ける筆者だが、普通にみんなかわいいし、ただ拠点が東京ではないので、いいねとRTをしながらも、いつかライブ行ける日が来たら物販回収でもしたいなぁ、ぐらいのモチベだった。

もちろん、フレオ所属なので期待は高めだし、経験上、ライブは期待できる見込み強いのだが、最近だと規模拡大により当たり外れが出てくるようになったので、もしかしたらTwitter特化なアイドル止まりかもしれない、という懸念もしていた。

しかし、いざライブが始まるや、そんな予想をしていた自分を恥じたくなった。ダンスの揃いようが段違いなのだ。もっとも、今日のライブアイドルは総じてハードル上がっているので、普通でも別に揃い悪いわけではないのだが、作品レベルで観入ってしまうほどの揃いよう。もはや美しさすらあった。かといって、陶酔型でもないため、人を寄せ付け難い表現でもない。なるほど、これがぼくしなというアイドルかと、数分で圧倒された。

 

 

 

「15」ベンジャス!「空間を創る力:古き情熱を思い出して」[[MVP]]

筆者の認識では、その過去参戦は遠い昔、まだコロナなど無かった時代、渋谷クアトロ対バンでの改名前での出演であった。確かに、コレットプロモならではの楽曲の世界観、そして歌声といい、まあ確かに良かったのだが、じゃあそれを対面ライブで、実際に人を集めてやるほどに、しかも対バン形式、外部ファン含めてやる意味があるのか、と考えると、当時は事務所内イベントも充実していたこともあって、FreeK同様、結局は外部イベント出演での注力度合い、なんだか肩透かしを食らったような感覚だった。

ただ、それもはるか昔、今の時代でも、そもそもグループとして存続しているあたり、その記憶とは違うアイドルグループなのだと、参戦前に気付くべきだった。未だにライブアイドル予測精度が低いあたりまだまだなのだが、だからこそ、今日も足繁くライブに参戦してしまうのだろう。今回のような衝撃、奇跡に出逢えるのだから。

どこから称賛しようか。まず歌唱力だが、声量が他のアイドルとは比べ物にならないほどに大きかったのが非常に好印象だ。さらには、ただ大きいだけではない、歌声として聴き深い歌唱というのもまた、生で聴く価値深いものであった。

なので、楽曲を聴くだけでも十分楽しいのだが、歌割りに注目して、個性踏まえて聴き分けるのもまた趣深い。きっとより深く個々人掘っていけば、その歌声というのも一層と味わい深いものになるに違いない。ライブがきっかけで、より深く、メンバー、そしてグループのことを知ろうと思わせてくれるのは素晴らしいものだ。

そして何より、一番は現場活気である。赤、緑、青と原色が目立って見えたのだが、この色味、まさに古きdropじゃないかと、筆者は肉フェスでの現場熱を思い出していたのであった。あれは屋外だったしサイリウムは無かったし、サイリウム現場は別参戦で堪能したのだが、あの熱気なフロア、そして暖かさというのが、ただ単に沸くだけではない、そこにはアイドル、推しへの愛や思いやりというものが詰まっての応援であること、まさに現場の真髄がそこに再び表れていたのであった。執筆の最中でも感動してしまう。

この日は、誕生日当日を迎えるメンバーがいたとのことだが、だから動員が多かったのももちろんあるだろう。ただ、対バンで誕生日当日、なアイドルのライブもまた多々観たことある筆者だが、大抵の場合、サイリウム撒いて形式的に祝うか、普段と変わらない動員で変わり映え無い現場と化しがちだ。このどちらでもない、見事な昇華ぶりであったところもまた、尊敬に値するレベルで、代え難い素晴らしい現場であった。

きっと、こうして素晴らしい現場を為すのも、メンバーの仲の良さあってのことだと思う。もちろん、それはただの馴れ合いではない。目指したいライブ像があって、価値観の共有、そして日々の努力があって、楽曲表現を通して、プラスの空間、雰囲気というのが、観客に伝播し、幸せな時間を紡ぐのである。改めて、アイドルにもファンにも深く感謝したい。

 

 

 

「16」メルティハート「対照的な解放感で魅せる!」

執筆で初めて解ったのだが、MVPで著しい称賛に至ったベンジャス直後の出番だったのか。それでも今回、メルハーもまた称賛に至ったあたり、もし出番順が関係無ければ、もっと強く称賛されていただろう。そう考えると、如何に現体制での本グループがまとまってきているか、完成度が高まっているかが窺えるのである。

ベンジャス出番が終わり、フロアが一気に空いて、ステージ全体がはっきりと見えるようになった。筆者はフロア後方の右側(上手側)にいたのだが、ステージから遠いからこそ、より俯瞰してグループ全体のパフォーマンスを観ることができた。

観賞した結果、最近参戦したにも関わらず、そこからさらにグループでのまとまり、一体感というのが強まっていた。時には、メンバー同士目を合わせて笑い合う瞬間もあって、正直、新体制始動当時は、アイドル経験者揃いとはいえ、事務所雰囲気が全く異なるアイドルが揃っていたために、早いうちに分散な形で解散するだろうと思っていたのだが、メンバー総じて、如何にライブへのモチベーションが高いか、そしてコロナ禍で水面下でも目まぐるしく変貌を遂げる今日でも、めげずにステージに立ち続けるその姿は、まさにライブアイドルだと改めて称賛したい。

特に感慨深かったのが、楽曲の最初に平行線と歌詞がある楽曲だ。旧メルハーでは、今はシューレースで活動中の高歌唱力メンバーが務めていたのだが、そこを涼乃が務めていた。なるほど、確かに解放感ある歌声で攻めるなら彼女を据えるのがベストだが、彼女の歌声を引き出すにはグループの調和、雰囲気が求められると分析しているからこそ、彼女がその歌割りを務めるだけではなく、魅力強く仕上がっていたことに感動したのであった。

他のメンバーも、前にいたグループ、そして事務所を思い出すたびに、今この瞬間、笑顔でライブができている、その奇跡に感慨深い想いでいっぱいになった。まだまだ、現体制では大いに期待できる。今後の活躍も楽しみにしていきたい。

それにしても、あいみゅうでの中澤休演、メルハーでの南休演。前者は最多フォロワーで動員の鍵となる人気メンバー、後者は圧倒的に現グループ経験の長い古参メンバー。厳密にはこうして違ってくるが、いずれにしろ、他メンバーと大きく差があるメンバーである。今回、たまたま共に休演だったがための一体感だったのだろうか。そう考えると、もはや今回の出演様相は二度と目撃できないかもしれない。ただ、それを悔やむことの無いよう、フルメンの方がやっぱり最高だ、と思えるような体制であってほしいものだ。

 

 

 

 

「17」欲バリセンセーション「突破的成長」

前回、有楽町オルタナティブシアターで複数回出番でライブを観たが、どこか詰まったような感じのパフォーマンスだったのが印象的だ。拠点が東京ではないし、移動による疲労など考えれば、そう大きく期待すべきではないのかなとも考えさせられた。

ただ、今回のライブでパフォーマンスが素晴らしかったのは、果たしてそれだけの理由だろうか。否、個々人がより高みを目指して、一皮剥けたパフォーマンスをするようになった、もちろん体力面での成長もあるが、精神的な変化によるものだと筆者は捉えた。

 

 

 

「20」ゑんら「相変わらずのアットホームなステージング」

別にメイドカフェとかそういうことを議論したいわけではない。彼女たち自身が、非常に肩の力抜けて、伸び伸びとパフォーマンスしている姿が、他のどこでもないステージこそが自分たちの「居場所」なのだと、心を委ねている様子が昔、新宿BLAZEの対バンで観た時から何ら変わらない、ライブパフォーマンスの在り方。素晴らしい。

今回の対バンでは、わんふぁすといい、ベンジャスといい、コレットプロモからの出演が色濃い対バンであった。おそらく、イベンター側として、アイドルアラモードと定番な対バンイベントではあるものの、今回はそういった隠れテーマがあったような気がする。

いずれにしろ、今日コレットプロモで生きるアイドルを観て、昔、ミサミサことみさとと物販で何度か話したことを思い出して、久々に話してみるのもいいな、と思って物販に行こうとは思った。どうやら対バン出演もめっきり減っているらしいので。

ただ、これはタイテを恨みたいところだ。タイミング的にはテンシメシ開始時点で回収へ、で、最近の参戦経験からこれは可能だと思っていたものの、想像以上にテンシメシのパフォーマンス、そして現場が良かったので、結局フロアに残ってしまった。

また、ハニスパ開始時点で駆け込めばワンチャンあったものの、ハニスパはSE時点で安定の現場ぶり、特にフロア後方の振りコピ部隊が揃っていたこともあって、これに加勢とヲタクの血が騒いで、結局ゑんら物販回収ならずとなってしまったのだ…。。。

 

 

 

「24」ハニースパイスRe.「刹那に沸く」

何度も書いている論調ではあるものの、やはり、これを書かないことには始まらない。

新型コロナウイルスの流行によって、現場は一気に沈静化してしまった。それは声援禁止という、かつてMIXやコールなどで栄えていた文化がために、これは影響の大きい制限であったのだが、それに限らず、世間体的にアイドルのライブに行くというのが、自粛自粛と皆が自主的に行っている最中にも関わらず、で中には罪悪感と化した。

そんな状況で、ライブなど行っても楽しいわけがなく、それはアイドルも同様である。今までたくさん盛り上がって楽しんでいたファンの人たちが、身動き乏しくマスク姿でろくに表情が見えない。そんなフロアを前にして、ライブを今まで以上に楽しめず、活気に満ちた現場に依存していたアイドルは、軒並み解散の運命を辿った。

今よりも厳しいコロナ禍では、作品ベースでのプロデュース、そしてステージングで戦うライブアイドルが台頭し、結果、ライブアイドルのレベルというものが飛躍的に向上したのであった。それは流行を喪った地上アイドルを大きく引き離すものであって、たとえば48系など、これに危機感を覚え、昨今では地上側も本気を出してきている。

そして、第六波も引きつつある今日、ライブ現場で沸くというのは決して非現実的なものではないのだが、やはり依然として残る罪悪感、そして動かずにライブを観ることへの慣れから、動いて応援すること自体が、ライブアイドルファンにとって重要性が大きくない今日である。しかしそれでも、アイドルにとってやはりファンの方々には盛り上がってほしいし、日常で疲弊しているからこそ体を動かして楽しんでほしい。そんな想いもあって、コロナ前以上に、彼女たちはライブアイドルとして一層と精進するのである。

ヲタクというのは、そんな彼女たちの想いも解っていなければ、この御時世でも、アイドルをただ愛するだけではなく、ライブへと足を運び、そして体を動かして盛り上がるなど、到底できないわけである。故に、ハニスパの楽曲やダンスが真似しやすい、盛り上がりやすい、だけではなく、アイドルのライブ、そして現場とはどういうものなのか、どうあるべきなのか、というのを深く理解している者が集っているからこそ、あの空間が実現するのである。

今回の対バン、秀逸なアイドルが多々出演し、見応え深いライブばかりであったが、しかし最後は現場、そしてライブの本来の姿というものを気付かせてくれた気がする。なるほど、その知名度に限らず、他に無い魅力があるからこそ、トリ出演に選ばれるのだと、一層と理解が深まったものである。だからこそ、「超」称賛に選定した九組、その最後の一組として記すにしても、間違い無いアイドルだということで、今回の執筆を終了したい。(8318字)

 

 

 

日時:2022年3月6日(日)、11時40分~20時12分

会場:新宿KeyStudio

タイトル:アイドルアラモードプチ vol.15

出演組数:24組