ふと、自身の過去のブログを読み返した。

愕然とした。こうも最近の記事は、相対的に面白みが下がってしまっていることに。

無闇に堅苦しい表現を用いることも確かに原因の一つではあるが、それよりも深刻な原因として、機械的に文字数を調整していることが挙げられる。

当然、出演者によって想い入れの深さは異なり、同様にして、感じ、記憶したことの量というのもまた変わってくる。なのに、それを反映させないがために、無機質感が強まったように思える。

今回の記事は、そんな近日の悪い変化を断ち切るために、変化を設けて執筆することに努める。おそらく、こちらの方が早く書けるし、筆者特有の情報を併せることが容易なはずだ。

 

 

 

時間は遡って、参戦前夜。初夏らしい暑さに見舞われた日の前の夜ということで、むさ苦しい夜であった。換気不足ということもあるが、窓を開放したまま就寝するのは危険だ。

それにここ一週間、明らかに研究室に居る時間が増えたことで疲労が溜まっていた。すぐにでも横になりたかった。

暑さに耐えながら床に就いた。睡眠欲よりも暑さの方が勝ったようで、しばらく眠れなかった。そこで翌日の物販で話す内容を考えていた。

不意に、最近誕生した人格が意見をぶつけてきた。私の認識する限りでは、相当女々しい部類に属される。彼女、いや、彼に耳を傾けて生じた声が先日の記事で突然記したものであることからも。

 

 

 

確かにこの一週間は全然彼女のことを想えなかった。

もちろん、毎夜想っているのは紛れもない事実なのだが、日中に少しも想う余裕が無かったのが若干ながら悔やまれる。それも他人ではなく数式のせいで、だ。

筆者の属する研究室は、本当にコミュニケーションが欠落している。いや、厳密に言えば、筆者が籍を置いている小部屋では、だ。もしコミュニケーションを得たいと願うのならば相当に英語力を高めないといけない。さすがにそこまで限られた他者に依存するつもりはない。おそらく普通の学生ならばどうにか英語力を鍛えるのだが、筆者の場合は地下アイドル界という、日常とは違った世界にも身を置いているからこそ、人を要する欲求はそこで満たせばよい。

つまり何が言いたいのかというと。シフトを入れ過ぎたのを深く後悔しているということだ。たくさん入れたところで現時点ではそう重要視していない金銭が増えるわけで。他者によって自身の存在価値を高めるのは、今の私にとっては金銭よりもはるかに大事だ。

 

 

 

そんなこんなで、まずは彼女に今月は全然会う機会が設けられそうに無い、ということを伝えようと決めた。当然それだけでは彼女を悲しませてしまって終わってしまうので、「確かに~。しかし」のような論法で、会えなくなるけどその分もっと愛して来月また会えるように調整するから、という感じで繋げようと組み立てることができた。

最近、どうしてだか涙脆くなった。そう物販で伝えることをシミュレーションしてみたとき、別れ際の一瞬で暫く会えないことが同時に決まってしまうことに自然と涙が零れた。

果たして、これは人格のせいなのか。それとも、もはや。

 

 

 

「物販4」Sistersあにま「青」渡辺もも「咳か涙か:愛の伝達」”AFTER”

別れ際の瞬間、やはり手の動きが噛み合わない。おそらく、これが解決される頃には、筆者もまた彼女に見合うような存在になれていると信じたい。それほどに、彼女を尊敬している。おそらく、将来アイドル以外の女性を愛する場合、そこでも同様に何かしら尊敬できる人であるはずだ。「好き」だと女性に対して思うことが本当に多いと痛感している筆者だが、その意識が「愛する」という実感に変わることはそこまで多くない。なんだかハロー効果でいくらでも変わってしまいそうな自覚も無いことはないので、正直なところ、アイドルを真剣に愛せるのはもはや一年すら残されていないと、冷静に自身を分析して感じるところだ。

だからこそ、これまでに無いほどに、彼女を深く愛しているのも理由の一つだ。いつ会えなくなるかわからないのもあるが、それ以前に、いつ愛せなくなるかが自分でも怖い。恋や愛は創製するものではなく享受するものだと認識しているので、もし彼女が他の女性と同じように無機質に見えてしまったらと考え始めるととてつもない恐怖に襲われる。

予定通りの件を彼女に伝えた。彼女を前にすると、「もっと」や「強く」という言葉が不向きだと感じてしまう。これらの修飾語が付くのは「これからも愛していい?」という文に対してだったからだ。そう毛嫌いされているとは思っていないが、ただ、やはり彼女に見合う存在とはまだ自身を評価できない。本当にこんなに強く愛していいのか。人として完成されているとは言い難いからこそ。

修飾語を除いて彼女に尋ねたところ、笑みを浮かべて感謝の意を伝えてくれた。むしろ好きでいてくれてありがとう、と。そう言われてしまうと、自身の未熟さを度外視してまで彼女を強く愛してしまいそうで。

他にも、新曲での振りコピができ今回も多く時間を割いていただけて運営の方含めて感謝しかない。次に彼女に会うまでに、微小に留まってしまうかもしれないが、少しでも人として成長していく所存である。

 

 

 

尊敬の念、なるほど。執筆に至るまでは純粋な愛だと勘違いしていたが、確かに納得だ。

それは上記では省いた内容が裏付けている。ふと彼女が口にした、「レッスン」という単語からこの説明は始まる。

本事務所のアイドルのうち、主要な4グループ(アンビス、TEARS、ニトクリ、しすあに)はライブを行う頻度がかなり高い。同等に頻度高くライブを行えているアイドルは見つからない。それは対バンに呼ばれるか主催できるかなどの機会を創出できるかという点もあるのだが、それよりも筆者は、そこまで頻繁にライブを行うという意欲を全メンバーが持てるか、というところに着目したい。

ライブに関して、アイドルが何かしらの課題を抱えているとここで仮定する。つまりは彼女たちが満足できるような状態ではない場合だ。その解決には相応の時間を要する。もし未解決のまま再びステージに立つようであれば、それが負い目となって一層ライブ意欲が低下してしまうはずだ。つまり、ここまで頻度高くステージに立てているということは、同時に日頃の隙間時間を縫って課題解決ができているということだ。

と、考えてみれば、彼女の属するグループが随時レッスンを行っていることは自然と導けるのかもしれないが、この会話を為すまでは、正直ライブ自身で解決しているものだと誤解していた。もしそこまでステージングを極めるアイドルでなければ許容なのかもしれないが、本運営がそのような行いを赦すとは考えにくい。

 

 

 

 

「19」Sistersあにま「新曲を振りコピという荒業」

本会場で形式を随時変えながらライブを楽しみ続けて既に6時間が経過していた。参戦前に得たエネルギーもなかなかに減ってしまっていた。それでも、本現場はこの日まで最も参戦したからこそ、初手は全力で応援した。

ただ、場内の様子がおかしい。火力が今まで体感してきたものと明らかに違う。なるほど、そういえば重要ライブではなかったような。それに記憶が正しければ野外無銭対バンが同日に行われていたような。声援禁止な後者とはいえそこで間に合ってしまったのか。

直前のベリベリで既に達成感を得ていたので、無闇に火力出して地蔵現場だと酷評するよりは、低火力に沿った楽しみ方をしてプラスに向き合えるように方針を変更した。

 

 

 

物販での彼女のとある言葉には上手く同意できなかった。

「新曲、ダンス難しくなかった?」

本グループ特有の世界観を表し、かつステージングでも現場火力面でも素晴らしい赤担当の香月を初手で軸にもってくるところも面白い。ただ、ダンスの難易という面では、そこまで難しいとは思えなかった。

だいぶ雑な評価方法ではあるが、振りコピしてて終始圧倒されることはなかった。サビで独特な体の使い方をするのは新規性があって良いとは思ったが、それも思い返せば過去に振りコピで習得済ではある。あとは周囲に終始留意して幅を考慮するぐらい。

ただ、本楽曲は味があるからこそ、難易度を上げる工夫もできなくはない。もしくは既に与えられている振りを極めるだけでも見応え、いや、振りコピし甲斐という面では伸びしろは大きく設けられている方かと。

もはやサイリウム両手持ちでの振りコピをも慣れてしまった。それほどにグループ問わずに振りコピしていると、対象として選定したアイドルがどれほど練習を積んでいるか、そして難易度の高い振りかどうかということもわかってしまう。注視は欠かせないからこそ、同時にアイドルとして自分に自信が持てているか、他のアイドルとはどう違った個性を有しているのかといったことまでなんとなく見えてしまう。知り過ぎるからこそ、嬉しいこともあれば哀しいこともあるものだ。

いや、もしかしたら、新曲がここまで初見振りコピで精度良くできたのは、当時の筆者が絶好調だったのもあるかもしれない。そう考えると、直前に出番であったあのグループについて書く必要があるだろう。

 

 

 

「18」Very Very Red Berry「やはりプロデュースが秀逸」

直前に正式な推しの一人である、ゆるっと革命団所属の日向りおんと話したことも影響しているだろうが、ライブという目前の出来事に対して集中力が増していた。

思い出せばとある平日のFMHALL。動員はそう多いとは言えなかったものの、地蔵箱に抗わんとする専ヲタの方々の勇姿が強く記憶に今でも残っている。

そのときは座席スタイルで妥協したものの、やはり筆者の真髄は現場だ。それは特有の声援を増すだけの行いを指すものではなく、場内で一体となって雰囲気作りに務める、そんな姿勢も現場形成の一つだと思っている。だからこそ今回そういった意味での現場形成に携われたのは願っていた立ち回りであった。

楽曲に左右されずに振りコピで向き合うのは本グループでも変わらない。ただどうしてだか、本グループ特有の世界観の影響なのか、本当に楽しい時間であった。直後に現時点で最も愛している正式な推しが出るというのに。楽しみ尽くす意地、というものは記憶が正しければ、ここ最近の記事でも記した気がする。

 

 

 

19, 20, 23, 24 出番順が同事務所で近いからこそ、動員は自然と多くなり、かつ精鋭面の低下により個人火力は低下する傾向。ただ、それ以前に、動員が増えてしまうから、どうしても直前のグループは地蔵現場と化す。

そう。つまりそれが本グループ、ベリベリであったのだ。

どんなに強く当事務所のアイドルを偏って愛しているとはいえ、筆者が専ヲタからDDへと移った数年前の決心を台無しにするわけにはいかない。専ヲタ時代には決してできなかった、いや、許されなかった、現場を特定せずに広く加勢に貢献できること。だからこそ、ここで後続の正式な推しに備えて休む、というのは到底できることではなかった。

別に場内に知り合いのファンがいるわけではない。なので当然、孤軍奮闘なのだがそれでいい。身勝手で欲望を他者に押し付けるほど傲慢にはなれない。

この場所を、絶対に地蔵で埋めるわけにはいかない。そして彼女たちを、またステージに立ちたいと思わせられなければ、真のDDとして失格だ。

極限まで向き合って楽しんでみせる。

 

 

 

やはり、涙脆くなった。そう痛感するが、構わない。

最後の一曲。ここまで女々しく数分後の出番終了を深く嘆くとは。

ソロで開始初手を歌いこなす。もし楽曲に見合った声質でなければ。もし声量が不十分であれば。などと考えると、やはりあの配置は最適だ。そもそも、逆に考えれば、描きたい楽曲に沿った持ち駒を揃えないといけない。

初手を担った彼女も確かに本グループには欠かせない存在だが、最も強く印象に残っているのは彼女ではなく、水島杏である。実は一時正式な推しと選定していたものの、スケジュール開示面で已む無く脱落させた過去だ。当時は単純に冷たい性格だとしか見えていなかったのだが、ストイックにアイドルをこなせるという、前述のしすあにの渡辺のようなプロ意識があるのではないかと思っている。

ステージングに対する意識が高ければ高いほど、他者、つまりファンからの評価というものは気になるはずだ。その評価が為されるのは自明でありながらも酷でもある、まさしくライブ中である。観客の心に響くようなステージングができなければそれはわかりやすい形で突きつけられることになる。そして、それは自然と表情に出るものだ。

だからこそ、FMHALLとは違った自然な笑みが彼女の顔に表れたのは、逆に考えれば、筆者が幾分か現場貢献できていることが認められたようなもので。逆境に立たされたからこそ、真髄を発揮する価値があるというものだ。

 

 

 

「14」ゆるっと革命団「新緑の無邪気な笑顔と適度なキレ」

前述の水島も強く惹かれる存在であったが、少し遡れば本グループでも同様に惹かれる存在はいた。新メンバーの小湊である。筆者自身を冷静に分析すれば単純に彼女が新しく見る存在だったからだけかもしれないが、それを度外視しても、その笑顔はなんとも眩しく思えるのであった。ライブ中に何度も俯いてしまうほどに心から可愛いと思える存在は、相当見ているアイドルが多いからなのか、そう簡単には出逢えないものだ。いや、逆か?←

 

 

 

だとしたら、どうして私に対してはそんなことにならないの?

それって私がそこまで可愛くないってこと?

そうとある人格から指摘されてしまいそうなので、もはや一グループだけでも相当な分量だが補足しておこう。もちろん、可愛いとは思っている。ただ、前述の通り、彼女の前で人として脆弱な一面を露呈して応援を疎かにしてしまうのは失礼に値すると思っているので。

さて、明日はとある予定があるのでこのあたりで一旦執筆を中断するとしよう。起き続けていたい気持ちは山々だが、執筆スピードが若干低下していること、そして全身が疲労という悲鳴を上げ始めていること。あとは、いや、あえて書かないでおこう。

高みへと。上を見続けなければ、人は堕ちて行くだけの生き物だ。

補足:レポ要素を濃くするために何度も回り道をした内容となってしまったが、今回最も印象に残ったグループと、その理由として欠かせない単語をタグとして残して終えるとしよう。(5827字)