「3年で大手企業離職」は、賢明それとも逃げか
大手企業を早期に退職するのは「賢明」か「逃げ」か?
ある大手企業に勤めていた入社3年目の若手社員が、理不尽な上司に耐えかねて、異動を申し出るもかなわずに退職しました。
「賢明」だと思いますか? それとも「逃げ」だと思いますか?
例えばこんな問いがあったとする。「賢明」か「逃げ」か、その答えはきっぱりと分かれるだろう。
]より詳しい背景や事情を聞かなければ判断できないという意見もあるはずだ。
正解があるわけではないからこそ、多くの議論を生みそうだ。
お局社員の陰口にうんざりするなど人間関係に悩んで転職した女性や、海外赴任の希望が叶わず、やりたいことを追求するために飛び出した男性のエピソードも踏まえての記事。
■3年で大手を辞めたエピソードに大きな反響
言うまでもなく、その正誤を問う意図はない。
記事のねらいは、就活で安易に大手企業を選ぼうとする学生に対し「ネームバリューで就職先を選んでも、働く場として最適とは限らない」と、先輩たちの経験から理解してもらうことだった。
さらに願わくは、目先の就活にとらわれずに、「自分が働き続けるモチベーションは何だと思うか」を考える材料になればと考えていた。
記事には反響があり、読者から転載先を含めて11月までに500件以上ものコメントをいただいた。
驚きだったのは、学生と思われる人たちからの意見よりも、社会人の先輩から若者に向けた一過言が目立っていたことだ。
時に厳しい言葉で綴られる見解は、安易な企業選びというテーマを飛び越えて、各人の「働くとはどういうことか」論になっていた。
もう少し砕いて言えば、仕事にやりがいや希望を求め続けるスタンスを是とするか非とするかだ。
そこで今回は、そうした主張を、コメント欄に留めておかずに、記事として学生や若手社員に届けたいと思う。
考え方の大枠をつかむことに主眼を置き、コメントは取材班で分析し、3つに分類した。
「天職を見つけるのが人生では無い。やりたい職を探し、合わなかったら違う職を探すのもありだと思います」
「肌感覚で合わないと思ったら、別の会社に行くのは今時当たり前だと思う。
(記事中の若手社員は)新しい道で生き生き働いてて、「我慢するばかりがいいことではない」がよく表れてる」
「回り道でも本人が結果満足できる仕事や暮らしにたどり着けばいいと思う。…(中略)…答えは一つじゃない」
「若いからなんとかなる。年取ると転職もままならない」
「なんだか転職が悪いような雰囲気だけど、20代の内は別に好きなだけ転職しても問題ない。
会社にとっては迷惑だけど。30代になるとさすがに転職は厳しいからそれまでに決めればいい」
■4割は若手の早期離職に肯定的< 寄せられたコメントの4割程度は、若手社員が早期に新しいキャリアを目指すことに肯定的だ。
就活時に業界や企業をどれだけ研究しても、学生が把握できる職場の実態は限られる。
具体的な仕事内容や配属先、職場の細かな人間関係など、実際に働いてみなければわからないことが山ほどある。
就活時に描いた理想と現実のギャップを肌で知り、より自分に合う環境へ移る。
そんな新しい一歩を踏み出す勇気や行動力を尊重し、応援する声が目立っていた。
また困難な状況に直面したときに、耐え続ければ必ず道が開けるとも限らない。
自分の力ではどうにも変えられない現実へのアクションの取り方として、短い期間で辞める選択は何も悪くないという考えだ。
早期の退職や転職については、当然、肯定的な意見ばかりではない。
石の上にも三年、「忍耐が足りない」という意見もある。
「時代も違うので一概に言えませんが、誤解を恐れずにコメントすれば、大企業と言われるような会社には、やはり、それなりに優秀で人間性に溢れる人材が数多くいます。
最初に配属された部署で、たまたま人間関係その他で上手くいかなくて辞めてしまうのは、本当にもったいないと思います。
取り敢えず頑張ってみて、その後進路を決めても決して遅くはないと信じています」
「不満があっても、今の環境に順応できない人は、他で同じ目にあったら再び逃げないといけない。順応してから、飛び出すのが一番いい」 「嫌ならすぐに辞めちゃうというのが今の風潮なのだから仕方がないとは思うが、人間関係が嫌というのが理由なら次の職場でも同じことの繰り返し。つまり石の上にも三年、まずは歯を食い縛って耐えて頑張れ」
「1年目は仕事を覚えること・職場環境に慣れること、2年目は仕事を工夫して改善すること、3年目は実績を上げること。
それで会社に認められなければ転職を考えるべきだ。現実的には、少なくとも3年間勤務しなければ、キャリアにはならない
「もう少し我慢出来んかの。自分も新卒で入って6年目。ようやく楽しくなってきたよ」
差し詰め「慎重派」といったところか。1つの会社に一生とどまる必要はないと、転職に理解を示しながら、時期は考えたほうがいいという主張だ。仮に仕事内容や職場の雰囲気が合わないと感じても、一定の年月はその環境にいるからこそ得られる知識やスキルに目を向け、経験を積むべきとしている。また安易に転職を選んでしまうと、いわゆる「逃げ癖」がつき、際限なく転職を繰り返す羽目になるという考えもある。
こうした見解を持つ人々は、キャリアの中での苦しかった状況を振り返り、その時期があったからこその成長実感があるのかもしれない。あるいは自身の転職が時期尚早だったと後悔したり、意志なく職場を転々とする若者が身近にいたりするのだろう。
■「仕事は給料のため」と割り切っている 3 仕事とはそもそもつらいもの
「食うために嫌な仕事をするのは当たり前。 …(中略)… あまりにも酷い会社なら辞めてもいいが食うために嫌な仕事をするのは当たり前という言葉忘れないで」
「嫌ならすぐやめる。一生続けろとは言わないがそれだけすぐやめるのであれば何をやっても続きませんね。慈善事業じゃないからね。数字出して社内でも社外でも理不尽の対価として給料もらってるんだからね」
「仕事なんて給料のためと割り切ってるからやりたいこととか関係ない」
「友達作りに会社行く訳じゃないんだし、毎日同じことの繰り返しなんて当たり前だし、仕事なめてるとしか思えない。それが嫌だから辞めたって言うなら、どこ行っても同じと思うけど」 早期の転職は、結局のところ「甘え」とする意見だ。
そもそも仕事とはつらいものだという前提で、理不尽な上司の指示や、不本意な業務に耐え抜いた対価として、給料をもらっているという考えだ。 仕事に夢や希望、やりがいを求める発想とは対極にあるものの、経済活動として仕事を考えた場合、本質とも言える。
あるいは、仕事は仕事と割り切り、プライベートの充実に重きを置いている可能性だってある。
前回の記事に寄せられたコメントには、やりたい仕事を追い求め、あるいは目の前の理不尽を避けるために、新しい環境を選ぶ姿勢に賛成の意見が多く見られた。 しかし一方で、こんな調査結果もある。
この調査では、「仕事はお金をもらうための手段で、つらい思いは対価である」という思想が大勢を占めているように見える。
確かに転職や起業、留学などでやりたいことを追い求めたとしても、好きなことだけをやり続けることはできない。
やりたいことをやるためには、それより圧倒的に多いやりたくないことに耐える必要があるはずだ。
■仕事の考え方はそれぞれ違う
「自分に合った仕事を見つける」、「自分の成長につながると思って、今は耐える」、
「仕事は理不尽で当たり前と割り切る」という3パターンの壁を乗り越える方法は、改めていうが正解や良い悪いはない。
だからこそ、自分なりの最適解を見つけるために発想の選択肢はあったほうがいい。
もったいないのは、辞めたいほど落ち込んだ時に、自分の先入観や、たまたま相談した誰かの意見に左右され納得のいく判断をできないことだろう。
これから社会に出る学生や若手社員にとって、目の前の職場の総意を超えた、もっと俯瞰した視点で現実を知る一助になればと思う。
働くに関する議論は、誰もが自分事なだけに尽きることはないだろうが、最後にポジティブなコメントを紹介して終わりたい。
「我慢したほうがいい時もあるけど、仕事してる時間は長いから、なるべく楽しく仕事したいって当たり前だよね」
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今の会社は,20~30代に,中小企業なども経験して転職後に入社して30年近くになる。
オリンピックの後に、定年を迎えるオッちゃんの本音からすると、上記記事のどの意見も頷ける。
鬱々と辛く苦しい仕事に耐えるというよりも、ちょうど日本全体がグローバル競争に
否応なく投入していった時代なので、まるで米軍の空挺部隊がヨーロッパ戦線、アフリカ戦線、そして太平洋と
転戦させられたのと同様に、その場の戦闘を何とかして生き抜いてきたら20年以上経ってました、という感じで
それだけを成果とするなら、本当に大戦時の兵士達と変わらないと思うのだ。
問題は、世界大戦後に彼ら兵士はそれぞれの場所を作った点に有る。
或るものは、経営者になったし、あるいはどこかに就職したり、新しい産業を興すものも多かった。
オッちゃん自身は、必死にグローバル化する業務に対する戦闘力強化が必要と考えて
国内外の公的資格をとったり、何か自分のスキルなりキャリアを第3者にもわかりやすく
自分自身の軸作りを大事にしてきたつもりだ。
正直、給料に対しては何年も不満を抱いていたし、上司や職場に対してもストレスや
怒り、更に自分の健康を害する事もしばしばあったし、退職・転職も幾度も考えた。
ただ、転勤も非常に多く只々その地で必死に戦ってきて気が付くと幾つかの業務スキルや
ストレスや怒りをモチベーションに変換することで資格取得などを得続けてきた結果
大きな会社で長く勤めていて、公的資格なり得意分野を持っている事は、毎月の
給料よりも、例えば銀行などの金融機関への信用は物凄く分厚いものになっていた。
このブログの連載でも触れているが、私が最初に保有した不動産は海外であり
当然、海外の銀行からの資金調達だったが、契約時に英語が使えて且つ海外でも
知られるような企業に勤めていて、更に海外でも通用する国際資格を幾つか持っていた事は
非常に有利であったと思う。
その後、国内に於いてもブログにシリーズ化してきた複数の不動産を保有し色々と
苦しみながら運営しているが、やはり長い勤務歴、キャリア、保有資格などは
金融機関でも、評価され融資を引ける効果が間違いなくあった。これこそ信用である。
オッちゃんとしては、会社勤めは、会社だけで自己完結するのではなく
自分の人生をクリエイトする大きな重要パーツという意識なのだ。
同僚や後輩がどんどん先に出世しても、それはその人の人生なのだ。
自分の人生という座標軸に照らして、たとえ強い逆風が吹いていても
自分自身の考える幸せに向かっているなら、自ずからどの方向に
帆をはるべきか、自分で考えて行動するだけだ。
人生は短い。でも時として、もの凄く長く感じる場合もある。考えて生き抜こう。
若い時の集中力、理解力、体得力は、気力、体力が劣後する晩年よりも絶対に有利だ。
それらの使い方は、まだ若い貴方自身が決められる。