・印形は、意志が心を回避して潜在意識に直接作用できるようにするので効果があるのだ。
・いわゆる中庸の道を行くことは、知恵の小径、つまり他人からの受け売りの知識や観念を得ることでしかなく、
何も行わないのと同じであり、どこにも到達しはしないのだ。
・エネルギーは、調和を保っている法則を誰かが無茶苦茶な反則行為、または冒涜行為で打破する時に解放される。このエネルギーは魂を強化し、さらなる反乱行為に勇気を与える。レンガでテレビを壊しなさい。あなたにとって異常なセックスを探求せよ。通常ならあなたにとって不快極まりないことをしなさい。どんなに極端なことであっても、自分や他人の行動の自由を制限しなければ、何をしてもよいのだ。
・奇怪な、気の狂った、極端な、恣意的な、矛盾した、馬鹿げているようにみえる思想を追求することにより、合理的で、常識的で、人道主義的であるとして以前は固執していた思想こそが、実は奇怪で、気の狂った思想であることに気がつくだろう。
・人格とは便利な仮面であるが、一度顔にくっつけるとそのまま動かなくなる仮面である。眼[eye]は私[I]によって
曇る。人間性など、けちなアイデンティティがごた混ぜになった取るに足らない代物にすぎないのだ。
・このように完全に混沌とした宇宙では、偶然は存在しない。あらゆるもの全てが意味を持っているのである。遠くの海岸の一粒の砂を動かすだけで、世界の未来はゆくゆくは変わってしまうのだ。
・全ての現象は一つの源から来ており、類似性のある物こと間には神秘的な関連が存在する。似ている物は全て、同じ徴や本質を含んでいる。つまり、それらは共通の霊を持っているのである。。ある物に何らかの影響を与えるには、それと似た物に対してなすべきことをすれば、それは可能となる。
・快楽主義者は、衰弱した五感から反応を引き出さんがため、有毒で不快で肉体を弱める快楽に急速に耽るようになる
・宇宙の起源をも含めてあらゆる現象は、基本的に魔術によって生じる。つまり、それらは究極原因なしで自然発生的に生じるのである。物質は物理的法則に支配されているようにみえるが、それらは統計上の概念にすぎない。
・科学は「どのように[how]」と問い、因果関係の連鎖を発見する。宗教は「なぜ[why]」と問い、神学的回答を創作する。芸術は「どれが[whichi]」と問い美学の法則を見出す。魔術が回答しようとしている問いは「何[what]」であり、従ってそれは存在の本質の探究なのである。
・見せかけの秩序も崇拝しなさい、なぜなら混沌の可能性を増すからである
・統一された神という理想化された概念のために、非理想的なもの、または邪悪なものの全ては、様々な悪魔のイメージにまとめられるようになった。古代の「有角神」はそうしてできた体系の中に神の敵として再び現れた。その帰依者たちは魔女や魔術師として自分たちの魔術を実践するために秘密裡に会合を持っていた。
・死を否定することは生を否定することである。生命を与える細胞のメカニズムによって、死は避けられない不可欠かつ望ましいものにされるのだ。死を否定する宗教は根本的に生命に対しても否定的である。
・我々がより強固に何かに感情移入すればするほど、我々はより強固にその反対のものを拒絶しなければならなくなる。従って、最も強固で最も強迫観念的な自我(エゴ)は、最も完成されていない存在に宿ることになる。このようなタイプには、どんな主義であれ、それを高めれば、やがてはその反対を引きつけてしまうという問題が付いて回る。強さを高める者は弱さに引き込まれ、善行に励む者は悪に巻き込まれるようになる。
・要塞は全てまた監獄でもある。我々の信念は必然的にその反対のものを拒絶するので、我々の自由を厳しく制限している。
・しかしながら宗教を最も脅かしているのは、実は娯楽である。喜びから恐怖まで全て提供してくれる娯楽メディアの新しい力は司祭の機能の多くを奪いつつある。世俗の娯楽には新鮮な正直さがある。つまりそれは、赦しを求めるために弁明する必要のない、ただの娯楽なのだ。しかもそれは巧みに人を操ることもできるのである。
・生命は神秘そのものであり、その深みは決してくみ尽くすことはできない。人間が自分の知識不足を補うために嘘の理論を捏造する誘惑にかられるのは、人間が毎秒自分の周りで起こっていることの全体に注意を充分に払わない時だけである。
・事象は起こるやいなや、再びそれが起こるのを容易にするこの形態形成場を生成する。
・我々は一般的に三次元的現実の見地から考えているけれども、少なくとも実際は四次元的現実でなければならない。たとえ時間が我々の近くには異質のものに思えても、である。我々はしばしば時間を諸概念に含めることを忘れている。なぜなら我々は同時性を当然と考えるからである。つまち我々は事象は同じ時間の枠に存在し、それらが持続していると思い込んでいるのである。
国書刊行会刊 「現代魔術大系7 無の書」 ピート・J・キャロル著より