『まぬがれた不運』
不運、不幸と言いますが、それっていったいなんでしょう。
その見方はあまりにも短絡的ですね。
一面的です。
電車に乗り遅れたから、その電車事故にあわずに済んだとか、飛行機に乗り遅れてガッカリしていたら、その飛行機にトラブルが起きたとか、それを思うと、最初の小さな不運は、命拾いだったのかもしれません。
となると、どれがどれの命拾いなのか、わからなくなります。
パッと見、不運。
でも結果的にはラッキー。
(しかもそのラッキーを自分は知らない可能性がある)
そういうことは大いにあります。
そうなって良かった。
その時は運命を恨んだ。
そう考えると、不幸とか不運とか、うかつに断定できません。
自分にはうかがいしれない事実があるのだとすれば、結論は今は出せない、ということになるばかり。
となると、不運、不幸というのは、存在しなくなります。
ある吉本興業の大御所芸人がこんなこと言ってます。
『暗い時期があっても俺は、絶対落ち込まないのよ。
落ち込む人っていうのは、自分のこと過大評価しすぎやねん。
過大評価しているからうまくいかなくて落ち込むのよ』
『人間なんて、今日できたこと・やったことがすべてやねん。』
by 明石家さんま
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