『生きていればどうしても納得できない
理不尽だと感じるようなことでも
呑み込まなければならないときがある』
最後に、"にんげんだもの"と付けるとなんでも相田みつを作品のように思えてしまう不思議。
いえ、それは全く関係ない話で、ただ何となく思い付いたので、ただ何となく言葉にしただけです。
さて、実際のところ世の中には理不尽なことがたくさんあります。気がついたら生まれていて、いつか訪れる死に怯えながら、生きるためには働かなければならない、税金・代金・食費・家賃…何をするにもお金が必要!世の中 金だ!カネ!カネ!カネ!
というのは、大袈裟だけれど 案外生きていると色々な制約…しがらみっていうのが多いなぁって気付くのは多くの人が経験することだと思います。社会に出たら尚のこと。
『智に働けば角が立つ。
情に棹させば流される。
意地を通せば窮屈だ。
兎角に人の世は住みにくい。』
というのは福沢諭吉の言葉ですが、まさにそんな感じ。八方塞がりみたいな状況の中手探り状態で歩んでいくのが人生です。なんといっても正解がわからない。子供ならば爪を噛んだりしたらお母さんから叱られるだろうけど、大人になるとそうもいかない。善悪の分別も自分でつけなきゃいけない。
そう、お風呂でオシッコをするかどうか…
『YES or NO』
答えは簡単だ。
でも、実際の生活の中ではそんな簡単な問題ばかりではない。時として自分の人生をかけたようなQuestionと出くわすこともある…。
私は社会人になってから仕事で多くの人と関わりました。まあ、それはいわゆるそういうお仕事だからです。そして、多くの人を見てきました。
本当に人と関わりたくなくなるような人間のうす汚れた部分というか、醜さや浅ましさというのを嫌というほど見てきました。
こうはなるまい、そんな人たちと多く接してきました。特に学ぶこともなく、こうなりたいと思えるような立派な人と出会うこともない、そんな社会人生活を数年間にわたって送りました。
そんな中で、実は最も大切なこと、というのは至極簡単なことなんじゃないかということに気が付きました。
"自分がされて嫌なことは人にしない"
そんな当たり前のことさえ、できてない人が多かったりする。そして、社会で生きていて感じる理不尽というのは、こういったような状況で生まれるような気がする。
当たり前が当たり前に行われない状況。ブラック企業なんかもこれに該当すると思う。本当はみんな分かってるはずなのに、見て見ぬ振りをする。だから、悪いことが悪いままになってしまう。
きっと、みんながほんの少し優しくなるだけで、きっと、みんながほんの少し思い遣りの心を持つだけで、世界はもっと素晴らしいものになる。
いっそみんなが猫になればいい。
昼間はぐうたらする。
縁側で日向ぼっこ。
あくびをして、毛繕いをする。
塀の上を歩くのもいい。
尻尾をぷらんぷらんと揺らして。
高いところに昇って
狭いところに入って
何ものに縛られることもなく
思うままに、自由気ままに生きる。
きっとそうすれば戦争もなくなる。
つまらない諍いもなくなる。
話が随分と壮大になって、このままだと"宇宙戦争を防ぐ"なんて突飛な話になってしまいそうなので、お開きにしたいと思います。
そんなこんなで、私が転職を考えたというお話でした。
