いまのマスメディアは反芻する余裕はあるのか? | 大福梅のブログ

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北陸地方や中部地方に関することや、見聞きしたことに関連したことに対して、思ったことをテキトーに書いてます。
大阪でいろいろと痛い目に遭い恨みがあり、トラウマを晴らすようなことをたまに書きます。

本日の金沢市は、今週頭から続いた夏日にはならなかったもののそれなりには蒸し暑く感じました。

 

最近通り魔的な事件がいくつか発生しましたが、その事件を起こした容疑者がブログやSNSやYouTubeなどで発した、あきらかに精神的に何らかの問題を抱えていないと発しないようなことをマスメディアは報道だから独自の速報性が重要で、そのためならあたかもなにやっても良いとこれまたおかしな考えでそのまま放送してしまっていますが、正直それを見たときにあれを公共の電波に乗せるのを止める人はいなかったのか甚だ疑問です。

あと、豊洲の件やらオリンピックの件でも、不確かな情報で煽っておきながらあとでこっそり訂正するというプロとして失格なことも最近、繰り返し起こっているようです。

 

自分の働いている環境と比較することはおこがましいかもしれませんが、いまの仕事に就いて半年ほど経ち、言われたことに対してきちんと反芻してそれは駄目ですと上司にきちんと言えるようになりましたが、そんな人ってマスメディアにどのくらいいるのでしょうね。

マスメディアは事件に関しては速報性と独自情報にこだわっているようだが、その独自情報を流す上で反芻するという考えは、とくに精神的に何らかの問題を抱えていると疑われるようなものに関しては流さないというのも良識だと思いますしそのくらいの余裕はあるべきと考えますよ。