だいたい毎年交互に何らかのコンクールがある子供たち。
来年の一月は次男の番。
ピアノソロ、14歳グループとなるとまぁ、
お上手な子供たちがたくさん。
特にこのミュンヘン地区は上手な子たちの激戦区。
地区大会から抜け出るのも大変です。

その審査員を頼まれたすることのある次男の先生、
そんな事情をもちろんよく知っていらっしゃるので、
次男の参加をOKしてもらうだけでも大変。

でもこのごろの上達ぶり、
いやただ単に暗譜が出きるようになったのを認めてくれたのか、
なにも言わず申込書にサインをしてくれました。

しかし先日次男が私に言います。

先生さぁ、このまえ僕にこういったんだよ、
『私はね、あなたが何点を取ろうと、
地区大会でおしまいだろうと、
どうでも良い事なの。』

でもその後に先生続けておもしろい事言うんだよ、
『ただ普通先生というのはね、自分と同じように弾けるようになることを望んで曲を仕上げるけれど、私はね、あなたが私より上手に弾けるようになるようになることを望んでるのよ!』

なんか面白いよね、先生の言ってること・・・。


 
次男が別に地区大会でおしまいでもいいけれど、
先生より上手に弾けって?
そりゃないでしょぉ、先生・・・・・。
相変わらずプライドの高い、
いや目標の高い先生です。

どうなることか、お楽しみ。
ちなみに曲は
バッハのブレリュード(数ある・・)から
シューベルト 即興曲変ロ長調
プロコフィエフ プレリュード Op.12 No.7

でもやっぱり難関は3曲、15分近くを暗譜する、ってことよねぇ。
がんばれ!
さて、もう秋も深まりそろそろ冬。 最後の夏のおでかけをアップしてしまいましょう。

8月最後に姉と二人で
ミュンヘンからさらに南、ほとんどオーストリア国境にある
Garmisch-Patenkirchenというところに一泊旅行。



ついた日に、バスに乗り渓流のきれいな
Partnachklammへ行きました。

ここは入り口です。


谷間横に洞窟道がつくられています。
中は暗く、気温が低くてさらに足元が滑りやすいですが、夏のレジャーには最適です。
入り口で3ユーロいます。


その後、谷から山に上り違う道を使ってハイキングもできます。
私たちは、山から谷に降りて、そこから渓谷を抜けてきました。



これが山の上でとった写真。
前日まで雨だったのがうそのように晴れていました。


そうそう、ここの麓にはスキーのジャンプで有名ですね。
そのジャンプ場が。
でもお子様用のジャンプ台まであるとは・・・。





さぁ、次の日はまたそこからバスに乗って
少しハイキングを楽しみました。

この辺はケーブルカーがいろいろなところにあるので、
気軽に山登り(したつもり)が堪能できるのです。
まず私たちは左側の赤い点線、
Almspitzbahnに乗り上まで行きました。



今日も晴れ間が見えてラッキー。
ドイツで一番標高の高いツークシュピッツエを背中に記念撮影。



そのあと、とりあえず少しだけ登って?!


頂上でのの記念撮影。(爆


その後ぐるりと、標高差の少ない山の上をハイキングして、
右側にあるKreuzeckbahnに乗って下山し、その後帰宅。


ようやくこれで夏のイベントが終わりました。




旅行記は一休み。
というのも、2013年10月9日はかのイタリアオペラ王ベルディの生誕200周年。それに寄せて今朝の新聞に興味深いインタビューが載っていたので、頼りない私の訳ではありますがご紹介。不可解なところは、想像力豊にして解釈してくださいね。(爆

インタビューに答えていたのはこの二人、
ノルウェー生まれでバイエルンオペラ座でも歌手選びに影響力のあり、オペラ歌手のタレントハンターでもあるPal Christian Moe氏Mと、ミュンヘンシアターエージェントのシェフでオペラ界では有名なCerminal Hilbert氏H


インタビュアー:マイク世の中には、そもそも「ヴェルディオペラ(のみ)の歌い手」というのは存在するんでしょうか?
M:こちらの歌手選択(配役)担当事務局ではそういう考えをしたカテゴリーは基本的にはない(はずな)のですが、実際にマーケティングからは、誰がベルディ歌手か、ワーグナー歌いかが問われます。しかし、現在のところバイエルンオペラ座には当てはまりません。我がオペラ座で一番人気のハルテロス嬢とカウフマン氏はどちらとも成功を収めていますしね。

マイクドイツ人にとってベルディを歌って成功させるにはどのぐらい難しいことなんでしょう?
H:ものすごく難しいことです。まず解釈からして深く掘り下げられていません。それから、(ヴェルディの歌には)イタリア人特有の音色(声色)が必要とされていること。ドイツ人スタイルはどっちかというときっちりまっすぐ(直)なんです。もちろん、ドイツ人もヴェルディを上手く歌えるんです。おかしいことに(時には)ドイツ人の名前自体が問題だったりもします。その辺、アメリカ人やスラブ系(の名前)だと抵抗が少ないです。

マイク:それで、イタリア人のヴェルディ歌手は今のところどうなんですか?
H:うーん、今のところよくないですねぇ。才能的にはあると思われますが、なにせ音楽教育が問題です。

マイクヴェルディの歌い手としてどんな歌唱力が求められるんでしょう?
M:もちろん、特有のレガート、しなやかな音の流れです。しかし、声質のまったく違うタイプの、たとえばLeontyne Price とRenee Flemingをあげてみましょう。二人とも違うタイプながら頂点に登りつめています。
H:敏捷で鋭敏(に対応できる柔軟さ)が必要なんですね。ヴェルディは秒ごとに綺麗に音程正しく歌わないといけない。モーツアルトのときと同じで、誰にでもミスがすぐに分かってしまいます。

マイク今日、ヴェルディオペラのキャスティングはどのくらい難しいのですか?
H:女性の配役はまぁまぁですね。トラヴィアータなどは一年から二年ぐらい前に決められます。困難なのはオテロやラダメス(アイーダ)などのヒーロー的テノールです。これらの男性はすでに5年以上前から予約です。ドラマチックな役になればなるほど、歌手の選択幅が少なくなります。(私の場合)トロヴァトーレなどは、マンリーコが見つかった時点で(上演)スケジュールを立てます。あとの配役はどうにか見つかるんです。
M:ワーグナーでも同じです。劇的な役ほど選択幅が少ない。それがどうしてなんだか、誰にも分からない。ひょっとしたら、民族主義・国民楽派がなくなったからかもしれません。
キャリアの先行するこのごろ、歌手は世界を飛び回りますね。ですから声を確実(安全)に成長させることが落ち着いて出来ないのかもしれません。
または、別の優先順位があるのかもしれません。今日重要なのは声の次に見た目の美しさです。それと、いつでもつきまとうのが私たちの中にある古き良き時代的考え。
それでも時代には波があります。難しいパートを歌いこなせる歌手たちが突然出現するときがある。そうすると、事情はすぐに変わるんです。
H:時代の流れの速さはヴェルディオペラだけではありません。
本当はプッチーニのボエーム"Marcello"を歌うはずのバリトンが、いきなりヴェルディのドンカルロ"Posa"や、トロバトーレの"Luna"をやってしまったり。
30代前半から中頃でだれでも"大役”を歌うに熟した、と思い(勘違い)がちです。以前は大役が歌えるようになるまで長い時間を使いました。声のためにもとても健康的だったわけです。

マイク:そういえば、ヴェルディのバリトン歌いは慢性的に少ないですね。70年代、80年代を考えてもPiero Cappuccilli(おぉ、大ファン!だった私)やRenato Bruson(最近までトラヴィアータで歌ってたし)ぐらじゃないでしょうか・・・、
M:それからLeo Nucci。でもこのころはまだよかったんですよ。この3人は本当に1-A(最優秀トップ)歌手で世界的に活躍しました。今のところこうはいきませんね。
H:一時期はトップ歌手が(多く)いましたね。Mirella Freni, Renata Tebaldi, Leontyne Price, Anna Tomowa-Sintow, Katia Ricciarelliなどなど、ソプラノに至ってはかなりの選択幅があった。
今日では、どこからかヴェルディの歌い手が現れたと思ったら、あちこちで歌い(いや、歌わされ)、すぐに燃え尽きてしまいます。なによりも昔との違いは"常に新しいもの"が提供されてないといけないのです。
よく耳にするのが「あぁ、この人知ってる、綺麗だし上手いけれど・・・、他に誰かいないの?」みたいな。このごろの歌手は消耗品になってしまい、すぐにお払い箱とされることが多々あります。

マイクワーグナーのキャスティングはより簡単ですか?
M:いいえ。ただ、違う現象があります。彼の音楽は一種の陶酔するような、(気持ちを)掻き立てるような効果があります。ですからトップ歌手が揃わなくても、観客としてはある程度の体験が得られます。最高のキャストが揃って歌うことはワーグナーオペラでも滅多にありませんが、チケットがいつも完売するのは秘密があるからではないのです。

マイク:ヴェルディの声役(Verdi-role)はどのように出来上がったのでしょう。
M:初期ベルディは特別でした。これらのオペラはベルカントからきて、さらに過大な柔軟性が求められます。たくさんの装飾と同時に、ことのほかドラマチックさも要求されるのです。現代(の歌手から)では難しいですね。
劇場は大きくなるし、オーケストラは大音量で演奏するし。ドンカルロのEboliを考えてみてください。"O don fatale"部分などドラマチックで力強くが重要ですが、ヴェール(veil)のような歌には絶対的な軽さが必要です。
H:特に初期は本当に迅速で機敏な柔軟性が必要ですね。しかし、ドラマチックで透過力を持ち、メロディーにフィットする相応な声質を持ち合わせている歌手というのはいつの時代でも少ないです。

マイク:ヴェルディはこの二つの時代の歌い方を要求されるということが、難しいとされる所以ですか?
M:その通りです。さらにソリストは遠慮無く(大胆に?確実に)歌わないといけません。ほんの少しの音の乱れ、不安定がすべて聞こえてきてしまいます。歌手たちの歌うメロディーは楽器やハーモニーに助けられはしませんから。プッチーニのような(楽器と歌のメロディーが)"べったり"はありません。
プッチーニのような歌では、(歌手は)隠れて歌うことが出来ます。
H:でも一番問題とされるのは、聴衆自体だと思います。もちろん本当のオペラ識者は別としますが、とにかくこのごろじゃ、舞台に立って(舞台映えして)大声張り上げて歌えればいい、とされますからねぇ。
ニュアンス、技巧、そういうのはあまり求められないんですよ。


以上でした。

このごろ、オペラをお聞きになる方々には馴染みの少ないオペラ歌手の名前だったのではないでしょうか?この私には懐かしすぎて読んでいてうれしくなりました。古き良き時代です。そして私がここドイツでオペラに足が向かない理由が判明、納得しました。ようは、いないのよねぇ歌い手が・・・。
この秋にバイエルンオペラ座で上演されるヴェルディのトロバトーレ、聞きたいのは山々ですが人気大爆発のカウフマンが歌うのでチケットは抽選。私はカウフマンじゃなくていいんだけれど、と思うのですがこのバイエルンオペラ座のキャスティングマンからの話だと、今はカウフマン意外にいないらしい。イタリア人にも期待出来ない見たいだし・・・。もう少し時代が流れるのを待ってみるとしましょう~。