都道33、雁坂トンネル、埼玉県道11めぐり--2018/05/05(土) | ずるずると道・郷・話を愛でる

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房総半島から栃木県北部を中心として、
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この記事が出るのは、GW(ゴールデンウィーク)って何?美味しいの?という感覚にもなるぐらいに5月がだいぶ経ってしまい、5月病からの復帰もだいぶ進んだころであるので、だいぶ時期を外した感覚はあるが、それでも遠出の記録は本ブログの本懐とも言えるところなので、報告しておく。

 

今回の遠出は、GW連休も残り2日というところで、昨日の塩那道路塩原訪問にもかかわらず、連日でドライブに出ることとなった。ただし、さすがに歩行をするのは厳しいとして、ドライブメイン、今日はあるき無しのドライブオンリーのドライブとなった。

 

東京都にもこんな酷道険道が!【陣馬街道から多摩源流の里へ(酷道険道:東京都/神奈川県/山梨県)】ルノー・キャプチャー

 

ドライブそのものが目的なドライブの場合はどのような道を走るのか、というのが重要となってくるが、これは、たまたまネットサーフィンをしている時に見つけた、「陣馬街道」の記事が頭に残っており、この道は、東京都道にして行き違いが厳しい道であるとともに、東京都から山梨県に出るいくつかの街道の一つであることが特徴であった。出る先は、山梨県上野原市である。(最終的には神奈川県相模原市までいたるという)

しかし、先にネタバレしておけば、実際に走ってみた道は確かに東京都から山梨に入る道ではあったが、目的の陣馬街道などではなかったのである。

 

東京に向かう道路の混みようは、実際に行くところで見える高速道路の様子でよく分かるところであったし、そもそも連休の後半戦の日ということで、日帰りの行楽客の自動車が増えることで生じる渋滞が東京方面に起こることは容易に想像できた。ということで、同じ道をもどるというよりは、大回りにして、できるだけ東京に触れないようにして千葉方面に帰宅することを目指して変えることを頭に思い浮かべていた。

出発は10時過ぎでそんなに早くはない。

行き先が東京都の西の端っこなので、まともに行こうとすると首都高速を経由して中央道八王子ICから下道というコースである。しかし、酒盗高速を千葉方面から中央道方面に抜けるのはなかなか骨が折れそうだ・・・、と思っていたが、先日、美人林に行った時に首都高速経由したときの勘もあるので、なんとかなるという気持ちもあり、思い切って、首都高速経由で行くこととした。

 

 

心配なのは、渋滞であるが、道中の案内掲示板にはそれほど渋滞が起こっている様子はなく、ほぼ案内通りに進めた。

中央道の方も、本線上の渋滞は特になく、あっさりと八王子ICまで至った。降りたのは第2出口というところ。

降りると国道16にでて、暫く走って、東京サマーランド前という交差点を左折。

そうするとサマーランドの敷地内の道路に入ってしまったが、そのまま抜けることができた。

いくつか道を経て檜原街道という名前の道に入る。この道を、カーナビが案内したのであるが、サマーランド経由の奥多摩へのアプローチの道として示したものであった。

檜原街道とよばれるこの道(都道33)を進むと、左に県境こえ(都道33)を分ける丁字路があり、それを左に入る。

 

いや、ここまで来てわかったことであったが・・この道は山梨県の上野原市にまで至るのは確かなのであるが、決して陣馬街道などではなかったのである。

 

山梨県道・東京都道33号上野原あきる野線

 

先に参照したレポートは陣馬街道の現状をしっかり表しており、行き違いが難しいところがある、とあったが、こちらがわの主要地方道においては、都県境を超えるまで特にそんなところはなかった。そもそも県境を長いトンネルで越えていることから、当時の報告のあとにトンネルが開通し、行き違いが困難なところが解消されてしまっていたのかもしれない。

 

この都道は県境を越えて、山梨県道となり、上野原市の中心街へ向かう。最終的には、国道20に合流する。

 

ここからは、北回りに大回りする形で帰ろうと思った。そうすると、とりあえず、甲府方面に向かう。

 

しかし、上野原市の住宅街に迷い込んで国道20に戻ろうとしたがうまく戻れず、もと来た県道を戻っていってしまっていた。それから逆方向に行こうとした時、少し違うルートを選択した関係で直接国道に戻らず、県道30という道で、隣の大月方面に向かった。

中央道の上を越えるところがあったので見てみると東京方面がすでにほとんど進まない形の渋滞となっており、流石に中央道経由で戻る気にはならなくなった。

 

山梨県道30から国道20に復帰する。そのあと、延々と国道20を甲府に向けて進むが、途中笹子という地名と笹子トンネルという名前が目立つようになってきた。また、あまり関連性はないが、やたらと激安自販機の広告をめにした。少し安めのジュースの販売機が置かれているようなのであるが、そこまで激安を競う理由もよくわからない。といいつつその中のひとつでジュースとコーヒーを買って飲んだ。

 

自販機に寄る前に道際のスペースに車を停めて15分ぐらい仮眠を取った。むちゃくちゃ眠くなったのだ。

いざ、笹子トンネル日がづいてきた時に、ふと、左折に「笹子峠」という表示があったので、山道好きの心が働き、思わず左折してしまう(山梨県道212)。

国道20の本線に比べると5倍ぐらい時間を費やしている感じの峠道がそこにはあった。

途中、「矢立の杉」という、杉が有り、杉だからなのか、杉良太郎がお気に入りの場所らしく、そのイメージソングまで歌ってしまっている、ということが途中の案内板に書かれていた。

その峠道の笹子峠の部分には、何百メートルかの1車線の幅しか無い「笹子隧道」というトンネルがあった。解説によると昭和13年開業で、現在の笹子トンネル(国道)が開かれるまで使われていたと言う。入口の装飾が実にモダンな感じで味を出していた。当時そのままと言うよりは当時のイメージを修復した感じである。

甲州街道最大の難所を通る「笹子トンネル」その歴史をまとめた!

4つの笹子トンネルの説明

 

・笹子隧道(県道212号線)

旧甲州街道の一番の難所である笹子峠を結ぶ隧道です。1938年に完成し、現在の甲州街道である新笹子隧道が開通するまでの20年もの間、重要な役割を果たしていました。

・新笹子隧道(国道20号線)

1958年に完成した現在の甲州街道である国道20号線にあるトンネル。開通当時は有料であったよなのです!このトンネルが開通したことにより、甲府−東京間の移動・輸送が大幅に改善されたんだとか!

・新笹子隧道(中央自動車道)

中央自動車道にあるトンネル。上りと下りそれぞれ分かれているため、つまり2本のトンネルが掘られているということにある。このトンネルといえば、下り方面のトンネルで2012年におこった「笹子トンネル天井板落下事故」の記憶が新しいであろう。。

・笹子隧道(中央本線)

中央本線を通る笹子トンネルは一番歴史が古い。全長4,656mであり、開通当時は世界一長いトンネルだったのだとか。当時としては、最新の工事・掘削技術を先進的に導入し8年の工期を6年で完成させた。

 

 

ぶどうの勝沼とか塩山とか言う地名はすでに自治体名ではなく、聘礼の大合併の時に誕生したと思われる甲州市という名前になっていた。昔電車で塩山まできてそこからバスに乗り、多摩川の源流と呼ばれる山に登ったことがあったがその時はまだ、塩山は自治体名だったような気がする。

 

塩山市 - Wikipedia

同じく甲州市に含まれる勝沼のぶどう園を抜けて、塩山方面へむかい、そこから、国道140に入って、秩父に抜ける雁坂トンネル(有料)を通って帰ることとした。
 

雁坂トンネル有料道路(かりさかトンネルゆうりょうどうろ)は、埼玉県秩父市から雁坂峠(標高:2,082 m)の地下を潜り、山梨県山梨市に至る国道140号のトンネル、有料道路である。1998年(平成10年)4月23日に開通した。

 
途中、雁坂トンネル前にあった西沢渓谷の近くの道の駅みとみで買い物をしてから、有料区間に入る。普通車730円であった。
 
 
 
山梨県側の道は比較的線形も良かったが、埼玉県がわの道は、ダムのある辺りは比較的良い線形であったが、その他は渓谷を山際沿いに走る、カーブの多い道であり、運転には飽きないが、夕方から夜にかけての走行だったので、少し疲れてしまう感じであった。
 
国道140を走っていくと、秩父市の中心街に入っていく。ドライブスルーで軽食をとったあと、ナビ案内通りに国道299を進もうとしたが、思いっきり渋滞が起こってしまっており、ノロノロ走るのも何だったので、少し遠回りでも空いている道を・・・ということで、適当に見繕って発見した道として、
埼玉県道11という道を走った。
 
この道は、昔からの峠道という感じの道で、11という2桁の数字でわかるように主要地方道のちいにはあるのだが、峠道部分はやはり狭小区間が多く、そもそも対向車が殆どないというような短絡路としてはすこし厳しい道ではあった。ただし、途中の東秩父村の首相道路には違いないのである。
峠道は対向車がなかったが、峠を越えてからの東秩父村の集落に入ってからは、道も2車線になり対向車もいくらか見られるようになった。その先は、峠を超えるようなことはなく、隣の小川町に入っていく。国道254に入っていき、片側2車線の広い道を走っていく。途中、関越道のインターがあったが、渋滞は確実なので、そのままやり過ごして、川越方面に向かう。
関越道が最初に開通したときは、この国道254の増設線扱いだったと、どこかの本で読んだ気がする。
 
小川町は、市ですら無いが東武東上線がここまで通っている。夜に国道294を走っていると長い編成の列車を見かけたのである。最終的にはこの先の寄居まで至っている。このあたりは、JR八高線、秩父鉄道などを含めて、人口の規模にしては鉄道が充実している地域である。
 
幸いこの国道254が川島町に入ったあと、圏央道の川島ICに近いところを通るということで、そこまで走って、圏央道に入った。圏央道を延々走って、帰りのいつものルート、稲敷ICから国道408に抜けていくルートを通って帰宅した。機関は午後11時ごろ、いつも図ったように似たような時間になるが、帰りの感覚が身についているのだろうか。