かなり今更ですが、「光る君へ」石山寺大河ドラマ館で撮った写真をアップします。シナリオは賛否両論でしたが、セットは凄く良く、生で見られて良かったと思いました。

 あとは近年修復された、石山寺の紫式部像も見られて良かったです。


 スイーツの写真は、定子縁の地の隣にある「然花抄院」さんでお茶をした時の写真です。何と、定子縁の地ということで新メニュー「花蝶歌」が追加されていて、定子ファンの私は迷わず注文しました! これぞ推し活!

(ただスイーツ食べてるだけだって? そんなことないですよ…)

 

 今回は写真だけの更新でしたが、光る君への感想もまた更新します😊

(世間はもう豊臣兄弟に夢中なのに…)

 「光る君へ」の感想がまだ書き終えていないうちに、今年の大河ドラマ「べらぼう」が終わってしまいました…。「べらぼう」、仕事の都合で全部は見られませんでしたが、面白かったです。出版のアレコレや創作のスランプの悩み等は、「光る君へ」より「べらぼう」の方がよく描けていたと思います。


 今回は、「光る君へ」のファンの方には大変申し訳ないのですが、あえて、このドラマで「ここは駄目だ」と思った箇所を書いてみたいと思います。



 まひろ&三郎!! アンタたちだ!!


 

 私は彼らを藤原道長と紫式部だなんて認めない!! 経歴が同じだけの赤の他人だ!! というわけで以後は彼らを まひろ、三郎 と呼ぶことにします。



 …いや、何から何まで史実に忠実にやれとはいいませんし、オリジナルも良いとは思いますよ? 直秀もカッコいいとは思いましたよ? でも、三郎が倫子より先にまひろに会ってて求婚しているとか、まひろが「妾も駆け落ちも嫌(最初から正妻にしろ)」と駄々をこねるとか、まひろに振られた三郎が半ばヤケクソ? で庚申待ちの夜に倫子の家に行き既成事実を作るという、最低なエピソードを繰り広げた時点で「このドラマ最低…」と思いました。

 倫子と三郎はお互いの親同士で縁談はあったし、倫子は三郎に憧れていたから、結婚自体は別に構いませんが、倫子としても心の準備もあるし、政略結婚でも手紙のやり取りすらなく結婚とかあり得ないでしょ…。しかも倫子の父が家に不在の折に結婚…。

家に帰ってきて倫子父、びっくりしただろうな…。


 まひろもまひろで面倒臭いですね。この時点では三郎の父と兄の正妻は子供をたくさん産んだことで、受領階級でありながらも正妻になれたのだから、子供をたくさん産む覚悟で、とりあえず妾になれば良いのに…。紫式部日記に見える紫式部も、大概面倒臭い部分はありますが、それとは違う面倒臭さですね。

 それと少し話は逸れますが、何故「まひろ」という名前にしたのでしょうね。まひろ弟の役の方のお名前が「まひろ」なので、撮影の時はややこしかったらしいですが、そんなリスクを背負っでまで「まひろ」にする意味はあったのでしょうか。


 何より、「庚申待ちの夜」に三郎と倫子が結婚という設定が個人的には許せないポイントでしたね。「庚申待ちの夜」は道長たちの姉、超子が亡くなった日なので、以後道長の家では、庚申待ちの夜は「お慎みの日」になっているはずなのですが、何故こんな日に結婚という設定にしたのでしょうか。もっとも、ドラマの中では超子の存在が曖昧なので、お慎みの日云々という設定もないのかもしれませんね。



 まひろと三郎については次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先日、京都市にある定子顕彰碑に行ってきました。大の定子ファンである私にとってはまさしく聖地巡礼です。同行者には、「君が定子ファン? アンチファンの間違いではないのか」と言われましたが、心外な話です。私はただ、「一条天皇の定子純愛説」と、「平安時代の後宮サロン=定子サロン」という風潮を否定しているだけで、定子のサロンの女主人としてのリーダーシップ、清少納言という才媛を生み出した功績等を高く評価していますので、定子の全てを否定しているわけではありません。

 ちなみに三枚目の写真は定子顕彰碑の隣にある「然花祥院」さんのカステラです。カステラはとても美味しかったです。顕彰碑に行くときはぜひお立ち寄りください。(回し者ではありません)

 

 

 

 
 さて、個人的に疑問視しているY氏の「定子純愛説」ですが、2001年4月勉誠出版から発行された「枕草子大事典」P120に、「この可憐なカップルは(中略)稀に見る「純愛」を育んでいく」と書かれている(「一条天皇とその後宮」より)ので、別にY氏が言い出したことではないようです。この点、Y氏の著書「源氏物〇の時代」(2007年発行)P35「筆者のみならずこの時代を研究する人々の多くが口にすることだ」の記述の通りなので、あたかもY氏の提唱であったかのように当ブログに書いてしまったことは私の誤りなので、ここに訂正してお詫び申し上げます。
 ただ、一条天皇と定子純愛説を研究者の方々の何割が支持しているのかよく分からない上、個人的には純愛説には否定的なので、当ブログではそのスタンスは変えない方針でいきたいと思っています。一条天皇が定子だけを愛しているなら、定子が命懸けで第三子を産んでけっこうすぐに末の妹に手を出して懐妊させるなんてやりません。この話も情報源は栄花物語で信用ならない部分はありますが、その部分も踏まえて地道に勉強していきたいところです。
 
 ただ、平安時代の後宮サロンの文学は定子サロンだけではないですよ~! 大斎院選子内親王のサロンもありますし、漢文に優れた女性なら貴子&定子より先に有智子内親王(嵯峨天皇皇女)がいますよ、ということも伝えたいです。また、2021年3月に発行された「平安文学の人物と史的世界」(高橋由記著、武蔵野書院)P123では、堀川中宮(円融天皇中宮)の文化圏の質の高さについて、「中宮定子やその文化圏に勝るとも劣らない印象を受ける」という指摘がなされています。
 
 大河ドラマも終わったことですし世の中には平安時代に関する本や情報にあふれていると思います。定子サロン以外にも面白い要素はいっぱいありますので、平安時代の面白さに触れていただきたいです。上から目線に感じられたら申し訳ないです。私も頑張ります。