私は常々考えている。
果たして「占い」とは何なのだろうか。
「占う」とは?
一説によれば、「占い」という言葉は「裏成(うらなり)」が語源だとも言われている。
表面では現れていない裏に隠された事実。そんな感じのところか。
ある人によれば「受け入れがたいシビアな結果の提示」こそ良い占いかもしれないし、
またある人によれば「背中を押してもらえるアドバイス」が良い占いかもしれない。
あるいは「統計学的に精密かつ精緻な占術」が良い占いだというのも正解だと思う。
では逆に、私は依頼者にどのような占いを付ければ良い占いになるのだろうか。
恐らく、正解なんて無い。
それは人それぞれ「良い占い」の定義が違っているから。
しかし相手によって占いを変えるのも占い人としての誇りが許さない。
要するに、私はまだまだ占いと言うものを理解していないのだと思う。
まずその人のホロスコープなり命盤なりを見る。
そこから第一声的フィーリングで浮かんでくるイメージを自分なりに言語化しようとしてみる。
そのあと、間違った占断を避けるために、手持ちの本を片っ端から読む。
そうしているうちにフィーリングは教科書の正解に覆されて、最初に浮かんだイメージが意識の下に沈んでいく。
結果、教科書からの抜粋を継ぎはぎしたような鑑定書が出来上がってしまうのだ。
もしかしたら占いを生業にしている人も最初は皆同じ悩みを持っていたのかもしれない。
何度も何度も何人もの運命を読んで、そうして次第に占いがいかなるものなのかを理解していくのかもしれない。
ココナラで鑑定をしてくださった紫微斗数の占い師は、
まずは600人分の命盤を読んでみなさい、と言っていた。
600人が素人から術師になるための境界線だと言う。
…600人!
きっと、見えてくるんだろうね。その人の生き様や心の内が。
それは、何度も何度も繰り返し何人もの人の命盤を見ているうちに見えない世界が見えてくるような感覚で。
プロの占い師には人の「運命」みたいなものが見えているのだろうと思う。
占い師になろうとは思わずとも、なぜ私は生涯占いと共に生きていきたいと思ったのだろうか。
思い返せば占いにはっきりと興味を示しだしたのは小学校の低学年の頃からだったように思う。
私は小学校3年生の頃、クラスのいじめに遭っていた。(しかも結構本格的なやつ!)
もしも自分に魔法的な見えない力があれば、いじめっ子たちを見返すことができるのに・・
という邪な心理があったかどうかは、もはや定かではない。
(おそらく、あったはずだ。)
小学生の頃からタロットを手にし、パワーストーンを収集する子供だった。
(しかもタロットカードは父親から譲り受けた!・・父親よ、なぜタロットを持っていた!)
少女向け雑誌の後ろの方に載っているような、作り物の「魔術」に心ときめいていたものだ。
運命学や運勢学の本を何度か読んだことがある。
生まれた時に決まった性質は、その人の運命を大きく左右することになる。
私も素直な性格に生まれついていれば、もっと心健やかに生きられたのだろう。
私が常々思っていることは、この世界は「均衡」を保つように成り立っているということ。
美人もいれば不美人もいるし、
賢い人もいれば愚かな人もいる。
健康な人もいれば、そうでない人もいる。
心の強い人もいれば、心の弱い人もいるのだ。
そして性質が広範囲にプロットしていることも、確実に理由があると思っている。
きっとこの世界は、どちらかに偏ってはいけない大きな理由があるのだ。
そして均衡が崩れた時、何か大きな不都合が生じる。
不都合が生じれば、均衡を取り戻すためにまた不都合が生じる。
宇宙の大きな流れで見た時には、その不都合でさえ、都合を合わせるための現象なのだろうけれども。
例えば主に命術と呼ばれるタイプの占いから自分の性質を知ったとする。
大人になれば、たいていの人は自分がどんな性質の人間なのかを理解しているわけで、
そのうえで既知の事実を占いから提示されたら、その結果をどう受け取るのが正解なのだろうね。
私なんかは捻くれた人間だから「あ、うん、それね、せっかくだけど実は結構前から知ってた。」
と思って終わってしまうことが多い気がする。
良い占いとは、それが既知の事実だったとしても、それを未来につなげていくヒントになるものだと思っている。
占いや運命学を少しずつ学び進めていると、
私のこのどうしようもない性格でさえも、実はこの世界の均衡を保つために必要な性質だったのかもしれないと感じることがある。
命宮に巨門星自化忌、そして地却と天空。
両手の手相に仏眼相と神秘十字。(でも自覚できる霊感は無い。)
だから私はある意味で濃いテーマを持つ人生なのだと信じたい。
おこがましくも、使命・・のようなものがあるはずなのではないかと思っている。
もし仮に、私のこの性格や性質が世界に必要なものだったとして、
この性格・性質で運命をどのように全うするのが最善なのだろうかと考え続けている。
いまだにわからないし、これからも多分わからない・・・恐らく一生かかって解き明かしていくテーマなのだと思う。
「占いとは何なのか」に対する答えは難しくとも、
占いを上手に活用する術は確実に存在していると思っている。
自分の性質を知り、自分の運命を知る。
運勢の波をうまく乗りこなしていくことができれば、きっと良い運命を全うすることができるのだと思う。
占いから解き明かされる個々の生き様こそ、その人が生まれてきた意味だったりするのだろうなと、漠然と考えていた。
生涯占いと共に生きていきたいと思った理由があるとするなら、
この世界に隠された秘密、裏に隠された事実みたいなものを、魂で感じてみたいと思ったからなのかもしれない。