平日に書き物をするのは何年ぶりだろう。
普段なら、早く帰れた日はダラダラとYouTubeを見たり本を読んで過ごしていた。
でも今日の私には書くということが必要なのだ。多分。
今日はKTGくんからマンガを借りた。
『ぼくらの』という作品。
先入観も予備知識も(ほぼ)無い。
というか、本人から先入観と予備知識無しに読んでくれと言われた。
(が、実はネットで少しだけ調べた。)
ストーリーは知らないが、ネット情報から、なかなか救いのない物語なのだと知った。
貴方はなぜこのマンガを私に貸してくれようと思ったのだろう。
そして貴方はこのマンガをいつ読んだのですか?
きっと、それなりに彼にとって感慨深いと感じたマンガなのだろうと推察しているが、真相は分からない。
ホラー映画の『リング』みたいに、この本を他者に見させることで自分にかけられた呪いが解ける、とか、そういう理由かもしれない。
(だったとしたら私は彼のことが嫌いになるのだろうか・・・嫌いになれるのだろうか。)
布袋に入れて全巻一気に家から持ってきてくれた。
当然のことのように、私は借りた本の匂いをそっとかいでみる。
匂いをかぐことは一抹の罪悪感のようなものがある。
考えてみれば、そんなものは感じる必要もないはずなのに。
世界に背を向けて、何かうしろめたいことをしているような気持になる。
絶対に臭いと思っていた。
だって彼自身の匂いは、お世辞にも心ゆかしい匂いとは言い難いから。
でも違った。
感覚を言葉に変換するのはいつだって難しい。
この匂いから感じた感覚を表現するうまい言葉が見当たらない。
強いて言うなら、「なつかしい匂い」。
昔から知っているような匂い。
嗅覚は脳の最も原始的な分野に直結しているという。
視床下部とよばれる、それは脳の最も古い記憶を司る場所。
私は人より少し鼻が良い。
匂いから見えない何かを察知する力が人よりも少しだけ優れている(と思っている・・勘違いも込みで。)
借りた本から漂うKTGくんの魂の一部。
KTGくんの生い立ちや、少年時代の家での過ごし方、この本を読んだ時の感覚。
そして悲しみ。
そういうものが、言葉ではなく、感覚として私の中に入り込んでくる。
色や透明度、あるいは「気」や「時空」みたいなものとして、感じることができるように思える。
(自分で言っておいて気持ち悪い。笑)
彼はそんなに奥行きのある人間でもなさそうだけど、なぜか魂の奥を見つめてしまう。
男前でもないし、仕事もできる方ではない、人間として未熟だし、心の強さも感じられない。
でももっと知りたいと思ってしまう。
ある意味幸せで不幸な運命の出会いだったのかもしれないね。
大人になってから、こんな感情を人に差し向けることがあるなんて、
心と言うものは、不思議な感覚器なのだと思う。
そして蠍座の愛情は、多分どの星座よりも深い。