先日、ネットで話題になった?やつ
楽しいはずの外食の時間が、アイツのおかげでお通夜みたいに黙々と食わねばならぬと言うことですか。
自分はお寺が職場なのでお昼はいつも自宅で頂いています、以前はたまに外に食べに行くこともありましたが、今はすっかり行かなくなりました(お弁当やテイクアウトを買いに行くことはあります)
なのでビジネス街でのランチタイムみたいなのはよく分からないのですが、何にせよ寂しいお話ですね。
ただ、禅寺の修行道場では黙って食べるのが当たり前でした。
食堂(じきどう、食事を頂く場所)、禅堂(坐禅修行をする場所)、浴室(風呂場)は『三黙堂』と呼ばれ、そこで談笑することは禁止されているのです。
テレビドラマなどで「一切音を立てるな!」と言われて、恐る恐る口に入れたたくあんをポリポリさせる、なんて描写がありますが、あながちフィクションでもないのです。
食堂(じきどうですよ、しょくどうじゃないよ)では雲水さんたちが横一列に並んで食事を頂きます。
(雲水日記より)
飯台看(はんだいかん)と呼ばれる係がおひつや鍋を持って回り、それぞれのお椀に注いでくれます。
皆がある程度食べたら、またおかわりを聞いて回りますが、当然ながら無言です。
目の前に坐って、お鍋をどんと置いて、無言でさっと手を出します。それが「おかわりはいかが?」ということ。
一応、暗黙の了解で1回はおかわりをします、だいたいですが、皆が1回ずつおかわりをしてちょうど無くなるくらいの量を用意してくれているので、おひつや鍋が空になったら終わりです。
おかわりを頂くときは、差し出された手に自分のお椀を黙って乗せ、合掌して待ちます。
飯台看は黙ってよそうのですが、待っている方は「もう少し」と言うときは合掌した手をスリスリさせます、そして「もういいです」と言うときには合わせた手を1回だけ「シュッ」と擦らせるのです。
ひと言も発することなく意志を通わせる。僧堂式の食事マナ-ですな。
そういう食事のしかたを中学生の頃からずっとしていたせいか知りませんが、大学に入って学食などで食べていると、決まって友人から「そんな怖い顔して食べるなよ」とよく言われていました。そんなつもりはないのですが・・・![]()
住職になってからも、黙々と食事をする姿勢は変わらず。
妻子は構わずおしゃべりするのですが、妻が仕事で居ないときは子ども達もつられて黙って食べるので、まさに「黙食」ですww
僧堂に「三黙堂」があるのは、食事も入浴も修行の一環であるという考えから。
特に食事は自分の命を維持するためのものであって、さっさと済ませてしまわなければならないのです。
今は、日本中、世界中の皆が忍耐を強いられています。
黙して食事をするのも、「これも修行だ」と思いながらなら、なんとかなる・・・かもしれません(笑)


