第1466作目・『42 〜世界を変えた男〜』 | 【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

いつの時代も名作は色褪せません。
ジャンル、時代いっさい問わず、オススメ映画をピックアップ。
映画で人生を考察してみました。
【注意】
・ネタバレあり
・通番は個人的な指標です。
・解説、感想は個人の見解のため、ご理解下さい。

『42〜世界を変えた男〜』

(2013年・アメリカ)

〈ジャンル〉ドラマ/伝記



~オススメ値~

★★★★☆

・白人のみのメジャーリーグに革命を起こした黒人選手。

・伝説の野球選手を起用したオーナーの夢。

・不当な暴言に対して「やり返さない勇気」を持つ者の正当な対抗手段。


(オススメ値の基準)

★1つ…一度は見たい

★2つ…良作だと思う

★3つ…ぜひ人にオススメしたい

★4つ…かなりオススメ!

★5つ…人生の一本、殿堂入り

〜オススメ対象外は月毎の「ざっと書き」にて紹介



〈〈以下、ネタバレ注意!!〉〉



《あらすじ》


『1945年夏、戦争が終わり、民衆の野球も元通りに戻り始めていた。ニグロ・リーグで活躍していたジャッキー・ロビンソンはある日、チームの巡業でシカゴに向かう途中にブルックリン・ドジャースにスカウトされる。まだ黒人と白人を分離する人種差別が当たり前に横行していた頃、ドジャースのオーナー、ブランチ・リッキーは白人だけのメジャーリーグに黒人選手を活躍させたいという夢を抱いていたのだ。リッキーは人種差別が根強く残る野球界で誹謗中傷に「やり返さない勇気」を持つようジャッキーに求める。隔離政策に反対の意思を示していたジャッキーもその覚悟を持ってリッキーに同意するのだった。ドジャースの傘下にあるロイヤルズに入団し、練習試合に臨むジャッキーだったが、仲間選手から冷たい目で見られ、白人の観客たちからブーイングを浴びせられる。だがジャッキーはどんな誹謗中傷にも反応を示すことなく見事なプレーを披露した。少しずつジャッキーのプレーを認め始めるチームメイトたち。一方で黒人とプレーすることに拒否感を示す選手たちが結束し、署名活動が提出されてしまった。』


〜信じ続ければ、世界は変わる。〜


《監督》ブライアン・ヘルゲランド

(「ROCK YOU![ロック・ユー!]」「悪霊喰」「レジェンド 狂気の美学」)

《脚本》ブライアン・ヘルゲランド

(「ミスティック・リバー」「マイ・ボディガード」「サブウェイ123 激突」)

《出演》チャドウィック・ボーズマン、ハリソン・フォード、ニコール・べハーリー、クリストファー・メローニ、アンドレ・ホランド、ほか





【メジャーリーグで永久欠番となった「42」番】

終戦後すぐ、まだ黒人差別が根強く残っている時代。
白人だけでプレーされていたメジャーリーグで、初の黒人選手として活躍したジャッキー・ロビンソン選手を描く、実話を基にした映画である。
タイトルの「42」はメジャーリーグ全球団の永久欠番になっているそうだ。
恥ずかしながらそんな知識は知らなかったのだが、「42」番こそ人種による隔離政策に反対し、白人だらけのメジャーリーグに一石を投じたジャッキー・ロビンソンが掲げていた背番号なのである。
彼はアメリカの….いや、野球界に革命を起こした偉大な野球選手なのだ。

主演は『ブラックパンサー』のチャドウィック・ボーズマン。ジャッキーをスカウトしたリッキーを演じたのが名俳優ハリソン・フォードである。
チャドウィック・ボーズマンはブラックパンサーを演じる前に"世界のヒーロー"になっていたのだ。
本人はその自覚はあまりなかったのかもしれないが、挫折しそうなほどの誹謗中傷を受けていても、ジャッキー・ロビンソンは確実に小さな子供たちや新しい世界を感じている人々の英雄だったのである。
ジャッキーの活躍がその後の黒人選手たちの夢や、差別を嫌う人々の思いを支えていたことが感じられる。

元々ジャッキーは黒人選手のみで行われていた野球リーグの選手だった。
他の人よりも黒人差別を嫌っており、そういう差別に対して服従よりも反発する構えがあった。ガソリンスタンドのオーナーが黒人にトイレを使わせなければ、そんな店でガソリンを入れるのはやめようと切り上げようとするなど、言われのない差別を激しく嫌っていたのだ。
ブルックリン・ドジャースのゼネラルマネージャーをしていたリッキーは、白人選手しかいないメジャーリーグで黒人選手を活躍させたいという革新的な夢を抱いつおり、そんな計画に沿ってくれる気骨のある黒人選手を探してジャッキーをスカウトするのである。

リッキーがジャッキーと共に立ち向かおうとしているのは、強大な差別主義者で構成された大衆社会である。
黒人が大リーグに入る、となったら確実に差別主義者たちが黙っているはずがなかった。どんな手を使ってでもジャッキーを追放しようと、あらゆる差別が降りかかることだろう。

常識を覆す最初の扉はいつもとても重たい
しかし、一度扉が開かれれば、そこに続く黒人選手たちは決して少なくないはずなのだ。最初の荒波に耐えるのは、その苦難の価値を知る人間でなければならない
ジャッキーは差別に対する価値観的にも、怪人級の野球の才能的にも最初の黒人選手として申し分なかったのである。リッキーはそこに目を付けた。

しかしそれには、条件があった。
いかなる誹謗中傷や世間からのバッシング、嫌がらせに対しても、ジャッキーは怒りで応えてはならなかったのだ。キリスト教的精神の如く、「やり返さない勇気」を持って、じっと相手に返さず受け止めることがリッキーの教えだった。
ひとたびジャッキーが怒りに負かされたら、間違いなく世間はジャッキーの味方にはなってくれない
「やっぱり黒人は…」「だからダメなんだ」などという隔離政策を後押しする理由作りになってしまうのだ。
ジャッキーはリッキーの教えにしっかり応えてくれた。相手チーム監督からの差別的な罵詈雑言や挑発、悪意を持って頭部を狙った死球、そして相手ランナーがわざとスパイクで足を狙ってきたとしてもジャッキーはグッと堪えて報復はしなかったのだ。

しかし本当は、激しい罵詈雑言を受けた後、ジャッキーはスタジアム裏でバットを叩きつけながら叫びを発していた
本当のジャッキーの気持ちはそちらにある。決して聖人君子などではないのだ。しかし、家族のため、未来に控えている黒人選手のため、そして応援してくれている人々の声に応えるため、彼はあらゆる尊厳を傷付ける行為や屈辱的な言葉から目を背けることなく受け止め続けたのだ。
それが何よりジャッキーの強さであり、彼が野球界に偉業を残し、「42」番を永久欠番とした所以なのだ。



【開かれた重厚な扉】

メジャー初の黒人選手の偉業もすごいけど、それを生み出したリッキーの交渉術や信念もすごい。彼がいなければ、すべては始まらなかった。それは彼のかつての後悔と悲願だったのだ。ジャッキーと同じく、「世界を変えた男」はリッキーでもあったと言える。
リッキーも当然、多くの批判やチーム内からの反発を喰らっていた。旧知の仲にある敵チームの代表からジャッキーを出場させないよう直談判を受けたり、何百枚にもなる暴言や犯行声明の書かれた脅迫文書を送りつけられたりしていた。
それでもジャッキーを試合に出すことを止めなかった。
新しい扉を開く時、不当な差別に屈しない構えが必要だったのだ。

ジャッキーがドジャースに入ることになった時、ドジャースの選手たちの中にも当然、人種差別を肯定する立場の選手がいた。彼らは嘆願書を作り、ジャッキーの加入を結束して阻止しようとしたのだ。
しかし、レオ監督の喝によって選手たちの嫌がらせをやめさせ、ジャッキーの加入を進めていく。

このレオ監督も元々は黒人選手に好意的ではなかった。
しかし、リッキーがレオに対して、公平な目でジャッキーを見るようにと諭して以降、レオ監督はジャッキーの類稀なる野球の才能を認め始めるのだ。
嫌がらせをしていた選手たちを叱った監督の言葉が痺れた。ジャッキーは最初の黒人選手に過ぎないこと、その後彼らのポジションを虎視眈々と狙っている選手たちが後に続いていること。黒人を追い出そうとする彼らは差別をする前に自分たちの技術に専念するべきなのだ。
実際、選手たちが黒人差別をする背景として、自分たちの立場が危うくなるかもしれないという危機感を感じている者も確かにいたのかもしれない。彼らの中には自分たちと同等かそれ以上に野球の才能がある選手もいると、直感的に理解していたはずだ。
そして事実、古い慣習に捉われているだけの能力のない選手は違うチームとトレードされるなど、居場所を失っていく。
新しい時代が到来した時、いかにそれを柔軟に受け入れつつ自分の立ち位置を見つけるか。差別していた側が排除される日というものは案外呆気なく訪れる。

チームメイトもまた試されていた。
ジャッキーに向けられる野次や罵詈雑言を耳にしたチームメイトも、黒人に向けられる言われのない差別や屈辱を体感するのだ。理不尽なブーイングの嵐、罵詈雑言、厳しい待遇。
元々は差別する側だった彼らが耳にする、チームメイトへの尊厳を損なわせる屈辱的な言葉の数々。それはいつしか自然と、差別される側の気持ちに寄り添う形になっていく。
報復できないジャッキーの代わりに、チームメイトが罵詈雑言で非難する相手チーム監督に抗議しに行ってくれたのは嬉しかった。
結局、そういった古い慣習に捉われていた監督もいつしか表舞台から消え去っていったが。

そんな中、一つ恐ろしいシーンもあった。
野球を観戦しにきた白人親子。何も知らない小さな子供は純粋に野球観戦を楽しみにして来たようだった。そんな中、ジャッキーがスタジアムに入ると、父親も含めて周囲の大人たちが暴言を叫び始めたのだ。
始めは呆気に取られていた子供だったが、彼も同じように周りの大人たちと同じ暴言を叫び始めるのだ。
無知な子供が周囲の大人たちに影響されて訳もわからず差別する側に入っていく瞬間は残酷だった。

しかし、差別意識とはこうやって簡単に無意識に浸透していくのだろう。本人たちでさえ、どうして黒人を嫌っているのかすら分からない。一緒のシャワーを浴びたくないと言っても、白人のシャワーと黒人のシャワーで何かが違うわけもない。
本当は理論的には説明できない思いが、「なんとなく嫌う」という心理へと至らせるのだ。あの子供がなんとなく周りに同調して罵詈雑言を叫んでいたように。

ジャッキーは暴言に暴言を返さず、ましてや暴力で訴えることもしない。あくまで紳士的に対応する。しかし、復讐の衝動がないわけではない。
彼は純粋に「野球をしに来た」のだ。だから彼の報復は、野球で相手を負かすことなのだ。
相手がジャッキーにまともにボールを投げればそれをホームランで打ち返し、仮にフォアボールで進塁できたのなら、自慢の盗塁で相手を翻弄させる。
ルールに沿った中で、相手を負かすこと。これ以上にぐうの音も出させずに、憎い相手を打ち負かす手段があるだろうか。

彼が英雄たる理由は、その一点の曇りもないプレースタイルにあったのだと思う。
英雄の真っ向勝負は、チームメイトや野球界の価値観を揺るがし、ついに重たい扉を開くのだ。
今の野球界に扉を開いた男たちの、勇気ある最初の一歩であった。

(128分)