第1422作目・『竜とそばかすの姫』 | 【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

いつの時代も名作は色褪せません。
ジャンル、時代いっさい問わず、オススメ映画をピックアップ。
映画で人生を考察してみました。
【注意】
・ネタバレあり
・通番は個人的な指標です。
・解説、感想は個人の見解のため、ご理解下さい。

『竜とそばかすの姫』

(2021年・日本)

〈ジャンル〉アニメ/アドベンチャー



~オススメ値~

★★★☆☆

・細田守監督によるインターネット仮想空間を舞台にしたアニメ。

・人命救助で亡くなった母が命を賭けた理由とは。

・幾田りらの初声優が自然体で上手かった。


(オススメ値の基準)

★1つ…一度は見たい

★2つ…良作だと思う

★3つ…ぜひ人にオススメしたい

★4つ…かなりオススメ!

★5つ…人生の一本、殿堂入り

〜オススメ対象外は月毎の「ざっと書き」にて紹介



〈〈以下、ネタバレ注意!!〉〉



《あらすじ》


『高知の田舎町に住む女子高生のすずは、幼い頃に母が川で遊んでいた子供を助け出そうとして事故で亡くなり、更にその人命救助が偽善だとしてネットで叩かれたことから心を閉ざし、大好きな歌も歌えなくなっていた。ある日、すずは親友のヒロちゃんの紹介で全世界で50億人以上が参加するインターネット上の巨大仮想空間〈U〉にアカウントを作る。ベルというアバターを作ったすずは、自然と歌い出し、突如現れた歌姫は自作の曲で次第に注目を浴びるようになった。ある日、Uの中でコンサートを開いていたベルの会場に、謎の竜とそれを追う自警団が現れる。竜は何者なのか。世界中が竜の正体を探しており、自警団も竜の素性を暴く〈アンベイル〉を実行しようと企んでいた。そんな中、竜の城が廃墟ゾーンにあると知ったベルは単身で潜入する。そこにいた背中にあざをもつ竜はベルを威嚇するが、竜のささいな行動で彼が本当は優しい心の持ち主だと知る。ベルが竜のために作った歌を捧げるうちに、次第に竜もベルに心を開き始めた。』


〜もう、ひとりじゃない。〜


《監督》細田守

(「サマーウォーズ」「バケモノの子」「未来のミライ」)

《脚本》細田守

《声の出演》中村佳穂、成田凌、染谷将太、玉城ティナ、幾田りら、森山良子、津田健次郎、小山茉美、森川智之、石黒賢、宮野真守、役所広司、佐藤健、ほか





【50億人の世界に現れた歌姫】

『サマーウォーズ』の仮想空間"OZ"の世界観が好きだったが、今回、久々に細田守監督の描くインターネット仮想空間が舞台である。
それだけでワクワクする。

母親の川での事故死と、それによるネットの批判の声から心を閉ざし、母との記憶が蘇るために歌うことができなくなった平凡な少女・すず。ネット上の仮想空間「U」と出会ったすずは、アバターキャラ"ベル"となり、これまで現実空間ではできなかった歌声を披露する
本当は歌うことが大好きなすずの、伸びやかで解放感に溢れた自由な歌声。
主人公すずに声を当てるミュージシャンの中村佳穂が、圧倒的な歌唱力でベルの歌を披露している

その美しい歌声はあっという間に話題を呼び、ベルは一躍世界中の話題の人となるのだった。
そんなある日、ベルは「U」の世界で乱暴なバトルスタイルで自警集団から追われている、"竜"と出会う。
その恐ろしい形相とは別の、儚い悲しみや弱さに触れたベルは竜の素性に惹かれていく。
果たして、竜は何者か。彼の背負う悲しみとは何なのか…。

ところで、「U」の仮想空間って、何が実現できるのだろう。
みんな集まってきてああだこうだと言い合っているけど、この空間に集まるメリットはなんなのだろう。なりたい自分、現実世界では封じ込んでいる自分をアバターになって解放できるという点だけなのだろうか。ただの匿名性だけが確保された空間なのだろうか。
いや、それだけで世界50億人のユーザーが集まるとは思えない。

「U」が人の集まる巨大空間だと言うのなら、もう少し「U」の魅力を教えてほしかったところであった。
そこのところが、『サマーウォーズ』の"OZ"とは大きく違っていたように感じる。例えば"OZ"は仮想空間の中で多少なりとも現実世界とのリンクがあったので夢が広がったし、その中でも様々なバーチャルな楽しみ方が描かれていた。
行政手続きや病院の診断などが"OZ"の中でできることのメリットの代償として、インターネット空間が止まってしまうと行政や医療を始めとするすべての社会基盤が動かなくなるという恐怖やスリルにも繋がっていた。
「U」の住人たちはなんかフワフワとその辺を漂っていた記憶しかない。せいぜいベルが仮想空間内でコンサートを開いたぐらいである。これ楽しみ方あってる?と思った。
「U」の世界観を広げて深堀りして、リアリティを感じさせてほしかった点は正直勿体無いと感じた。

そんな一方で、「アンベイル」という制裁手段は絶妙であった。「アンベイル」ってネット用語、語感が良い。
アバターのベールを剥がす、つまりアバターを使用しているユーザーの現実世界の素性を強制的にバラすということ。「顔バレ」、「身バレ」という言葉よりもオシャレな言葉で、ありそう。
自警集団たちは「U」の中で乱暴狼藉を働くユーザーがいると、そいつを捕まえてアバターを解体、その素顔をネット上に晒すのだ。なんという恐ろしい制裁だろう。言ってしまえば、仮想空間からの排除と共にそれは現実世界でも社会的制裁を意味する
どこに行っても、あいつが「○○」だと後ろ指をさされて生きていくわけだ。

竜とベルは次第に惹かれあっていくのだが、竜は自警団から追い詰められ、とうとう寝床であった城まで燃やされてしまう。竜は背中にあざを持ち、何かに怯えながら殻にこもって生きているが、本当は心の優しい人間なのだ。
そんな中、竜のオリジナルの人間を特定して助け出すためにすずと親友のヒロちゃんは、無数のアカウントの中からベルの歌を歌う14歳の少年・恵の動画を見つけ出す。彼こそが竜の正体だった。
恵は、父親から暴力を振るわれる弟・知を身体を張って守っていたのだ。

竜を助けたいと声をかけるすずだったが、すずがベルだということが信じてもらえない。
なんとかしなければ、現実世界の恵と知は父親の暴力を振るわれ続けてしまう。虐待の様子を動画でネット配信していたことが父親にバレてしまった今、彼らの身が危ない。

時には竜の居場所を突き止めるため、ベルへの尋問にまで脅迫的に使われるアンベイルだが、なんとベルは竜を救い出すためにそのアンベイルを逆手に取るのだ。
Uの中で、ベルはすずとして顔を晒してただ一人竜に歌を届けるのである。
発想の転換による斬新な解決方法である。



【手を差し伸べる覚悟】

傷ついて人を信じられなくなった人に信用してもらうためには、自分の個人情報を完全に曝け出すほどにすべてを投げ打たなければならない。
その覚悟は、間違いなく竜にも伝わった。竜を救うために差し伸べた手に、すずは自分のすべてを賭けたのだ。

そしてそれは、亡き母のあの時の覚悟とも通じる
川に取り残されてしまった見ず知らずの子供の命を救うために、一人で激流の中へと突き進んでいった勇敢な母。すずは泣いて引き留めたが、母はその子の命だけを救って自分は帰って来なかった
実の娘が泣いて引き留める手を払って、どうして母は見ず知らずの無関係な子供の命を助けに行ったのか
この心理的な深い傷を克服することが、本作ですずが抱える最大の壁だと思っていたのだが、「U」の世界で人助けのためにすべてを投げ出した時、すずも母の思いをようやく理解したのである。

母は何も安っぽい正義感や向こう見ずな衝動に駆られたのではなかった。
あの当時、インターネットで母のことを偽善と叩いていた無関係な傍観者たちは母の気持ちを何も分かっていなかったのだ。想像できていなかったのだ。
母は目の前で傷ついた子供を見捨てることができなかった。彼が死を目の前にして苦しんでいるなら、その苦しみの淵から助け出したい、その恐怖を共に背負ってあげたい
母はあの時そこにいた誰よりも目の前の当事者の思いに寄り添っていたのである。

傍観者でいられなかった母。当事者と同じ場所へその身を投じていった母。
すずは母の覚悟を完全に理解し、自分の意思で主体性を持って竜の救助に動き出したのである。トラウマを抱えて、いつも奥手で消極的だったすずに訪れる大きな変化だ。
ちなみに、その後、アンベイルしたベルを支持するファンの声に支えられ、幸いにもすずは再びベルのアバターを取り戻すのであった。

亡き母の優しさや勇気と行動力を知ったすずは、その後、現実世界の竜をも助けるために動き出す。
「U」の世界で母の思いと重ならなければ、かつてのすずだったら他人のためにそこまで動き出すことはできなかったかもしれない。
彼女は親友ヒロちゃんと一緒に、2階から人気者たちを遠巻きに眺めているだけの地味な存在だったのだから。
友人たちの協力もあって、わずかな情報から現実世界の恵と知の住む場所を突き止めたすずは急いで新幹線に乗って現場へと向かう。
そして、暴力的な父親に追いかけられている兄弟を見つけ出したすずは、恐ろしい父親相手に立ち向かい、両手を広げて、現実世界の竜を守るのだ。
暴力を前にしても怯まず毅然とした態度で立ち向かっているすずに恐怖を感じた兄弟の父親は、その場から立ち去る。
すずは、とても強くなった。

ベルと竜の関係性は『美女と野獣』をモチーフに……ということで、もうバラとか煌びやかな舞踏場とかデザインモチーフはまんまそれ
"ベル"という名前もすずから来てるとは言え、『美女と野獣』のヒロインの名前を頂戴したダイレクトなネーミングである。モチーフというよりも、細田監督流に再現したという感じ
しかし何より、この「U」の世界の嫌われ者である野獣・竜が、何に心の傷を抱えて生きているのかという点がディズニーアニメのそれよりも圧倒的に現代っぽくてリアリティがあった。

仮想空間という一見ファンタジーで華やかな「U」の世界に対して、現実空間の描写は児童虐待やネットの誹謗中傷という社会問題も投影した非常にリアルな世界となっている。
冒頭から描かれる母の死で心理的な絶望感を抱えているすずの描写とか、現実世界の竜が抱えている問題とか、現実世界のテーマはすごく重たい。すずの過去も、恵と知の現在も、現実世界の人生は見ているだけでも胸が苦しくなるほどだ。
一方で、現実世界では高校生たちの若い恋模様も展開されていて、その初々しいやり取りや気恥ずかしい青春っぽさは重たいテーマと丁度良いバランスで描かれている
この辺の高校生たちの恋愛模様の描写も妙にリアルで、現実世界のドラマと仮想世界のSF展開はまったく違うストーリーのようだ。

しかし、同時進行的にストーリーは進んでいき、最後に竜を助け出す展開で現実世界と仮想世界のそれぞれのストーリーが繋がるのだ。
「U」の世界はやり直せない現実世界とは違ってやり直しのきく豊かな世界なのかもしれないが、決して別の世界ではなく、「U」の世界のアバターが苦しんでいることは、現実世界の人間の苦しみに通じているのだ。竜の特徴的なあざがその象徴でもある。
インターネットの仮想空間が将来的に今より身近な存在になったとしても、現実世界と繋がっている感覚だけは忘れないでいたい
仮想空間は避難所や自由を解放する場所としての機能を果たしながら、一方でどちらの世界もまた戻ってくる場所なのだ。
私たちはそのどちらの世界にも一人の人間として生きている

毒舌のヒロちゃんを演じたYOASOBIの幾田りらが、流星の如く現れたベルの賛否を語るシーンはまるで自分のアーティスト活動のことを語ってるようで面白かった
卑屈者っぽい笑い方も最高。オタクで頭も良くて他人を信じてないくせにすずのことは理解していて優しくて、ベルのマネージャー&サポーターで、まさかの枯れ専。
ヒロちゃん、かなり好きなキャラだったし、幾田りらが声優初挑戦とは思えないほどとても上手かった


(121分)