(1956年・アメリカ)
〈ジャンル〉サスペンス
★★★☆☆
・プロになったヒッチコック監督のセルフリメイク。
・エンターテイメント映画としての巧みな技術が詰め込まれた作品。
・超有名曲「ケ・セラ・セラ」を使った伏線回収
(オススメ値の基準)
★1つ…一度は見たい
★2つ…良作だと思う
★3つ…ぜひ人にオススメしたい
★4つ…かなりオススメ!
★5つ…人生の一本、殿堂入り
〜オススメ対象外は月毎の「ざっと書き」にて紹介
〈〈以下、ネタバレ注意!!〉〉
《あらすじ》
『モロッコへ観光旅行に訪れたマッケナ家族。現地人とのトラブルを助けてくれたフランス人のベルナールと知り合いになったマッケナ夫婦だったが、ある日、別に知り合ったドレイトン夫婦と共に観光をしていたところ、ベルナールが何者かに殺される現場に遭遇した。死の直前、ベン・マッケナにある政治家の暗殺計画が暗躍していることと「アンブローズ・チャペル」という謎の伝言を残したベルナール。彼がスパイだったことを知ったベンは現地警察の取り調べを受けるも、脅迫電話がかかってきてベルナールの遺言を口外しないよう警告される。取り調べを終えてホテルに戻ると、ドレイトン夫婦と共に息子のハンクが誘拐されていた。ハンクは暗殺計画を口外しないための人質に取られたのだ。』
《監督》アルフレッド・ヒッチコック
(「めまい」「鳥」「サイコ」)
《脚本》ジョン・マイケル・ヘイズ、アンガス・マクファル
《出演》ジェームズ・スチュワート、ドリス・デイ、ラルフ・トールマン、ダニエル・ジェラン、バーナード・マイルズ、ほか
【ヒッチコック監督の巻き込まれ型サスペンス】
本作はこれまで見てきたヒッチコック監督作品の「鳥」「めまい」「サイコ」といったサスペンス映画とはまた異なり、娯楽的要素の強い作風であった。
1935年、イギリスで自身が製作した『暗殺者の家』という作品をセルフリメイクした本作。ヒッチコック自身に言わせると、イギリス時代のオリジナル版はアマチュアが作ったもので、時を経たリメイク版のこちらはプロが製作したものなのだそうだ。
つまり映画の真髄を極めたヒッチコック監督が納得できる、計算され尽くした面白さが詰め込まれた一つの到達点なのである。
↓↑以下、ネタバレありのため注意↓↓
本作は巻き込まれ型サスペンス映画である。
主人公の家族が、何の罪もなく大きな事件に巻き込まれていく。平凡な家族に訪れる危機だからこそ普遍的で緊張感がある。
映画はクラシックのコンサートシーンから始まった。
しばらくして、曲の盛り上がりどころでシンバル奏者が最初の一打を打つ。その瞬間、説明が入る。
この一打である平凡な家族の運命が左右されたらしい……。一体なぜなのか??
謎は唐突に始まった。引き込まれる冒頭シーンである。
主人公ベン・マッケナは家族旅行でモロッコに訪れていた。
バスの中で息子ハンクが現地人とトラブルになったところを、フランス人のルイ・ベルナールと知り合って助けられる。
ベンはベルナールを夕食に招待するも、ベルナールは急ぎの用事が入って約束をキャンセルすることになってしまった。
夜、マッケナ家族がアラビア料理店で夕食をとっていると、ドレイトン夫婦と知り合いになった。旅慣れして、モロッコの文化にも詳しい夫婦から慣れない食事の食べ方を教わりながら楽しく過ごしていると、その店にベルナールが女性を連れて現れたのだ。
キャンセルの理由が女性関係だったことを受け、ベルナールに不信感を抱き始めるベン。
次の日、ドレイトン夫婦と観光を楽しんでいたマッケナ家族だったが、一堂の目の前で一人の男が何者かから背中を刺されて殺されてしまった。
現地人の服装に身を包んで変装していたその男は、なんとベルナールだった。
死の間際、ベルナールはベンに伝言を残した。
「ロンドンにいる政治家が殺される!アンブローズ・チャペル…」
ベルナールはスパイ活動で潜入調査をしており、ロンドンの政治家暗殺計画の秘密を握っていたのだ。
ドレイトン夫婦に息子ハンクを預け、現地警察からの取り調べを受けるマッケナ夫婦。
取り調べ中、謎の相手からベルナールの遺言を他言しないよう脅迫されたベンは取り調べでそのことを口外しなかったが、ホテルに戻ってもハンクの姿が見当たらなかった。さらに、ドレイトン夫婦もこっそりホテルを出て行ったという。
ドレイトン夫婦は暗殺計画の首謀者一味で、政治家暗殺計画の秘密を知ってしまったマッケナ夫婦が口外しないよう、息子が人質に取られてしまったのだ。
異国の地で息子を誘拐され、我を忘れるほど絶望する妻を連れ、ベンは自らの手で息子を見つけ出すためにロンドンへと帰国した……。
【巧みな技術が詰め込まれた作品】
ロンドンに帰国後から、ベンの息子の居場所探しが始まる。
「アンブローズ・チャペル」という謎のメッセージや、殺される政治家とは誰なのか、そしてドレイトン夫婦の正体は誰なのか。
いくつかの謎を追うのが、名探偵や警察などではなく、息子を必死に探している平凡な父親と母親という設定が面白い。
もちろん、ただのサスペンス映画ではない。ヒッチコック監督らしい絶妙な技が組み込まれている。
部屋を間違えた不審な男からおそらく何らかの暗号を受け取ったベルナールは部屋の電話をかける。顔には間接照明の緑の光が当たり、壁を向いている彼の表情は見えない。怪しげな雰囲気。上手い。
また、暗殺者の暗殺決行のタイミングをレコードを聴かせて覚えさせるという展開もうまい。
暗殺者がシンバルが鳴る瞬間を覚えて暗殺決行に至ると同時に、劇中で披露されるクラシックを知らない私たちも先に「こういう歌が流れる」という展開を教えてもらっている分、コンサートが始まると同時に緊張感が高まるのだ。
それから何と言っても、本作を代表する名曲「ケ・セラ・セラ」だろう。誰もが知る名曲である。
アカデミー歌曲賞を受賞したこの曲は本作で妻のジョー演じるドリス・デイが美しい歌声で効果的に歌い上げている。
冒頭、モロッコに着いたマッケナ家族が身支度を整えている最中、息子ハンクとジョーが楽しそうにこの歌を歌っている。
幸せな母子の一幕と微笑ましく感じるのだが、この些細な合唱シーンが後に大きな伏線となっていたのだ。
それは終盤のことである。
息子を探し続けたマッケナ夫婦は、紆余曲折の末、ハンクが某国の大使館に幽閉されている可能性が高いことを知る。
この暗殺計画、どうやらその国の首相を引き摺り下ろそうとする某国内の覇権争いが原因にあるようだ。しかし、敵は外交特権が適用される大使館である。
居場所が分かっても、そう簡単には近付けない。
だが、政治家暗殺計画の実行寸前、現場に駆けつけたジョーが恐怖に怯えて叫び声を上げたことでコンサート会場で狙われていた某国首相が暗殺を免れた。
そのおかげでマッケナ夫婦は大使館でのパーティへの参加に誘われることになるのだ。想定外の展開ながら、違和感なく大使館に潜入することが可能になった。
↑息子の危険か、今目の前で狙いを定められている一国の首相の命か。耐えきれなくなったジョーは叫び声を挙げて、首相は危機を回避する。
大使館のパーティでジョーが元歌手であることが分かると、ジョーは一曲披露するよう促された。
ジョーはピアノを弾きながら、「ケ・セラ・セラ」を熱唱。涙を流しながら歌声が大使館中に響き渡るように大声で歌い上げたのだ。
その結果、ある部屋に閉じ込められていたハンクが母親の歌声に呼応して口笛を吹いた。
ベンはその音を頼りに大使館内を探し回り、ついにハンクと再会することができたのだ。
冒頭での母子の穏やかな一幕を見せた後に、終盤でその曲を使って事件解決へと導く伏線回収の仕方が実に鮮やかである。
「ケ・セラ・セラ」の曲は、まさに家族の絆を結ぶ重要なテーマソングとなったのだ。
また、サスペンス映画といえども、エンターテイメントとしても最高に面白いのが「サイコ」や「めまい」などとは違う本作の特徴かもしれない。
モロッコのレストランで座高の低いソファ席に座った脚長のベンが足を収めることができずにあれこれ体勢を変えて苦戦したり、ベルナールの遺言を誤解して剥製屋に押しかけたベンが騒ぎを起こした時、大事な商品の剥製を抱えて守る店主がいたり。
緊迫感の中に差し込まれたユーモアが、緊張と緩和の波を作って飽きせない。
何かしらの強いメッセージを乗せるでもなく、ただ単純にエンターテイメント作品として楽しませてくれる本作。
だが、シンプルに楽しめるように見えて、実はヒッチコックによる複雑で緻密な映画を盛り上げる技術が詰め込まれている。
テクニックがあるからこそ、作品が面白くなるのだ。
そんな当たり前だけど見逃しがちな事実を感じさせられた。
(120分)