第1270作目・『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』 | 【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

いつの時代も名作は色褪せません。
ジャンル、時代いっさい問わず、オススメ映画をピックアップ。
映画で人生を考察してみました。
【注意】
・ネタバレあり
・通番は個人的な指標です。
・解説、感想は個人の見解のため、ご理解下さい。

テーマ:
『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』

(2019年・アメリカ)

〈ジャンル〉ミステリー/犯罪



~オススメ値~

★★★★☆

・クラシックスタイルの王道ミステリーが最高。

・見事な伏線回収とあっと驚く驚愕のラスト。

・善人が救われ、悪人が罰を受ける痛快なストーリー。


(オススメ値の基準)

★1つ…一度は見たい

★2つ…良作だと思う

★3つ…ぜひ人にオススメしたい

★4つ…かなりオススメ!

★5つ…人生の一本、殿堂入り

〜オススメ対象外は月毎の「ざっと書き」にて紹介



〈〈以下、ネタバレ注意!!〉〉



《あらすじ》


『世界的ミステリー作家の富豪ハーランは85歳の誕生日パーティを迎えた。豪邸に家族たちが集まった盛大な夜が明け、家政婦が書斎に入るとハーランが遺体で発見された。警察の捜査で自殺と見られていた事件だったが、名探偵ブランが関係者からの話を聞くと殺人の疑いが浮かび上がる。親族それぞれがハーランに対して何かしらのトラブルを抱えていたのだ。ブランが現場に訪れたのは匿名の人物から本事件についての捜査を依頼されたからだった。看護師マルタを取り調べた際、嘘をつけない体質のマルタは真実を話す。事件前夜、彼女はいつも投与する薬を間違えてハーランに注射してしまっていた。』


〜殺したのは誰だ!?この騙し合いに世界が熱狂!!空前絶後のハイテンション・ノンストップ・ミステリー誕生〜


《監督》ライアン・ジョンソン

(「ブラザーズ・ブルーム」「LOOPER/ルーパー」「スター・ウォーズ/最後のジェダイ」)

《脚本》ライアン・ジョンソン

《出演》ダニエル・クレイグ、クリス・エヴァンス、アナ・デ・アルマス、マイケル・シャノン、クリストファー・プラマー、ほか




【クラシックスタイルの王道ミステリー】

ある屋敷に起こった当主の怪死事件と、莫大な遺産相続をめぐる骨肉の争い。
たまらないワクワクするほどクラシックスタイルの王道ミステリーで、余計な要素が一切ない。
どう見ても、アガサ・クリスティ原作であるかのようである。最高ではないか。

しかし、ただのクラシックスタイルとも言い難い。
事件の犯人が中盤で明らかになって以降は、名探偵ブランが犯人の正体にいかにして近付いていくかが見どころになっていくし、何より最後の最後で大どんでん返しが巻き起こる。
ミステリー好きでも納得の名作である。

以下、ネタバレに触れながらレビューするが、本作は絶対にネタバレをしないまま見たほうが面白いので、未見の方は要注意である。

↓↓ネタバレありのあらすじ↓↓








ミステリー作家で大富豪のハーランが85歳の誕生日パーティの翌朝、遺体で発見された。
警察は自殺として判断するが、匿名の人物から依頼を受けて捜査を請け負うことになった名探偵のブノワ・ブランは誕生日パーティーに集まっていた家族たちの聞き取り調査を開始する。
すると、家族がそれぞれにブランを殺害する複雑な動機を持っていることが明らかになった。

捜査が進められて行くうちに、看護師マルタは焦りを感じていた。
実はあの夜、ハーランを殺したのはマルタだったのだ。
嘘をつくと嘔吐感に襲われる体質のマルタはブランからの聞き取り調査にも「嘘をつく」のではなく「一部の真実を語って」乗り切った。この技を思い付いたのは、他ならぬハーランの助言だった

昨晩、マルタはいつものようにハーランの碁の相手をしてから薬を注射して就寝させるつもりだった。
ところが、その夜、マルタは誤って薬と間違えて大量のモルヒネを注射してしまったのだ。焦るマルタ。いつもならカバンの中に入っているはずの、モルヒネの効果を中和する拮抗薬が見つからない。
余命が残り10分程度と知ったハーランは、決断を下した。今マルタが医療過誤で捕まれば、違法滞在で入国しているマルタの母親も強制送還され、家族が離散してしまう。ハーランはこれまでマルタが尽くしてきた献身的な姿勢に感謝していた
ハーランは焦るマルタを諭し、この現場から誰にも見つからずに逃走する手段を伝える。
そしてマルタが去った瞬間に、ハーランは自殺を図ったのだ。

↑事件のアリバイ作りはミステリー作家のハーランが思い付いたアドバイスだった。


死の真相を隠したままブランの調査に応えるマルタの動揺を見て、ブランは疑念を抱いていた。
数日後、ハーランの遺書が開封された。家族一同が固唾を飲んで見守る中、ハーランの遺言が伝達される。
屋敷やハーランの財産の全ては、なんとマルタに与えられることになっていたのだ。
予想外の発表に驚く家族たち。だが、マルタ自身も予想外の出来事に狼狽していた。家族たちはマルタに事情を聞き取ろうと群がり、マルタは逃げるように屋敷を去る。
そんなマルタを救い出したのが、ハーランの葬儀にも立ち会わなかった一族の異端児であるランサムだった。

ランサムはマルタが何かを隠していることに気付いていた。
嘘をつけば吐いてしまうマルタを追い込み、とうとうマルタから事件の真相を聞き出すランサム
家族と対立しているランサムは、遺産相続をマルタが受けることについては不満はなく、その代わりマルタの遺産から少し取り分を貰おうと考えていた。
利害が一致したマルタとランサムは協力関係を築く。

一方で、それからマルタの身の回りには異変が起こった。
家族として迎え入れてくれていた一同はマルタから遺産を取り返そうと画策。事件の真相を知っているという怪文書の指示通りにマルタが現場に訪れると、ハーランの家政婦がモルヒネを過剰摂取させられて昏倒していた
マルタは慌てて救命措置を施し、家政婦は病院搬送させられる。

恐れを抱いたマルタはブランを始め、家族一同に真相を話すと告白した。
しかし、彼女が打ち明けようとした矢先、ブランはマルタの話を阻止する。ブランはこの事件の裏で暗躍していたある人物の存在に気付いたのだ。

↑名探偵ブランの推理が鮮やかに発揮される。謎解き部分の展開も王道でワクワクする。



【マグカップの勝利宣言】

ブランの推理によれば、事件前にハーランの遺言が変更されてマルタが相続することを知っており、マルタがハーランにモルヒネを過剰投与するように仕向けた人物がいたというのだ。
マルタの薬とモルヒネのラベルを貼り替え、中和する拮抗薬を盗み出し、マルタと同様のルートで事件現場から逃げ出した人物
それは、ランサムだった

ランサムは自身が遺産相続できないことを知った時にこの計画を実行に移した。
マルタに医療過誤の罪を着せることで、たとえマルタに遺産相続する遺言状が発表されても、彼女が犯罪者になれば遺産相続は不相当となり、家族の元に戻ってくる。すべてはランサムの目論見通りの筋書きだったのだ。

あの夜、マルタが薬と間違えて打ったと思っていたモルヒネの薬瓶は事前にランサムがラベルを貼り替えていたため、確かに正しい薬が入っていたのである。
マルタは長年の医療経験から、液体の質感と色で直感的に正しい方の薬瓶を手にしていたのだった。
つまり、ハーランの死は結局はマルタを守るための自殺だったのだ。

その後、ランサムは薬瓶を元に戻すためにハーランの葬儀中に屋敷に侵入。その瞬間を家政婦に目撃され、ランサムは家政婦に脅迫されていたのだった。
家政婦にモルヒネを過剰投与したランサムだったが、ここでランサムの誤算が生まれた。
マルタをはめるために家政婦の元に呼び出したランサムだったが、優しい看護師のマルタは自身に疑いの目が向けられることも、真相がバレることも覚悟の上で家政婦の救命措置を施したのだ。
マルタの善意が事件を覆したのである。

その時、病院から電話が入った。電話を受けたマルタは、家政婦が回復したと報告する。
苛立ったランサムは自身が犯した罪を自白し、弁護士を雇って返り咲くと怒鳴り散らす。
その瞬間、マルタはランサムに向かって激しく吐いた。マルタは嘘をついていた。家政婦は死んでいたのだ。
しかし、家政婦殺害を自供してしまったランサム。
逆上してマルタに襲いかかるランサムだったが、彼の手にした装飾品のナイフも模造品のオモチャだった。
ハーランがかつてマルタに言っていたように、彼らは本物のナイフとオモチャのナイフの違いも分からない浅はかな存在だったのだ。

↑嘘をついたマルタに襲いかかるランサムだが、彼にはオモチャのナイフを見極められなかった。キャプテン・アメリカらしからぬ鬼の形相である。

警察に連行されるランサムと、それを見送る家族たち。ふと見上げると、バルコニーからマルタが一同を見下ろしていた。





あらためて振り返っても最高である。
クラシックミステリーのスタイルも雰囲気が良く、名探偵ブランを演じたダニエル・クレイグもハマり役であった。「007」シリーズも良いけど、本シリーズも何作か続編で見てみたい。
何より伏線の張り方が素晴らしい。オモチャのナイフの存在は冒頭でハーランが口にしていたし、最も印象的なのはマグカップの使い方である。

映画の冒頭と最後に出てきた屋敷の主人のマグカップ。
"私の家、私のルール、私のコーヒー"と書かれたマグカップは映画の冒頭ではハーランの威厳を感じるマグカップとして登場するのだが、ラストシーンでバルコニーから家族一同を見下ろしながらマルタが飲む時には、骨肉の遺産争いから勝ち取ったメッセージが伝わってくる。
そもそもそのマグカップはハーランの物。限りなく私的な「所有物」をも遺言通り自身の物としてしまったマルタの勝利宣言に見えて痛快である。

マルタのことを見下して金をむしり取ろうとしていた薄汚い家族たちが、今度は救いが必要な家族たちに成り下がった。マルタは優しいから、きっと彼らのことを経済的にも支援していくのだろう。だけど、その時はもう立場は確実に逆転しているのだ。

監督によれば、このアイデアは現場で生まれた偶然の伏線回収らしいのだが、本作のきめ細やかな伏線回収のレベルの高さを象徴するような素晴らしいアイテムとなった。

↑マグカップを手にして屋敷のバルコニーから屋敷の外にいる家族たちを見下ろすマルタ。彼女こそ全ての財産の正当な継承者である。

序盤の名探偵ブランが屋敷の家族たちを取り調べするシーンは、それぞれの事件当夜の行動を整理したり、どの人がどんな間柄なのかを整理するので頭を使うのだが、看護師マルタが真相を独白する回想が始まってからは実に見やすい。
マルタの嘘をつくと吐いてしまうという設定を上手く利用した緊張感の演出や、ラストシーンでランサムを自供に追い込む展開はとても上手い
そもそもランサムがマルタから真相を聞き出したのは、ランサムが同様の手口でマルタを追い詰めて嘘をつけないように罠に嵌めたからだ。
言ってみれば、「嘘をつくと吐く」という体質を利用されたことに対するマルタからの仕返しになるのである。
あ〜〜痛快。

本作が面白いのは根底に勧善懲悪があるからだろう。
悪意がしっかりしっぺ返しを喰らっているのと同時に、善意は最後には救われている
マルタが事件の犯人として仕立て上げられなかったのは、ランサムが殺そうとした家政婦を救命するという善意を働かせたからだ。
善意と悪意。人は行き詰まった時、どちらの生き方を選ぶべきなのかというところも本作で問われている。
優しい看護師は、間違いなく救われるべき存在だった。


(131分)