(2023年・日本)
〈ジャンル〉ドラマ/音楽
★★★☆☆
・アイナ・ジ・エンドにしかできない存在感。
・テーマソングの歌詞と重なる苦難の人生。
・苦難を抱えながら強く逞しく生きる姿が胸を打つ。
(オススメ値の基準)
★1つ…一度は見たい
★2つ…良作だと思う
★3つ…ぜひ人にオススメしたい
★4つ…かなりオススメ!
★5つ…人生の一本、殿堂入り
〜オススメ対象外は月毎の「ざっと書き」にて紹介
〈〈以下、ネタバレ注意!!〉〉
《あらすじ》
『キリエという名前で路上ミュージシャンとして活動する路花。彼女は東日本大震災の被災者であり、歌う時以外は声を発することが難しくなっていた。そんなある日、路花に声をかけてくるイッコという女性が現れる。一夜明けてイッコが、かつて北海道で仲良くなった先輩の真緒里であることに気付いた路花。真緒里は自分の名前を捨てて新たな人生を自由に謳歌して生きていた。キリエのマネージャーになったイッコと共にキリエは活動の幅を広げてゆく。一方、キリエはイッコに導かれるまま泊まる場所を提供されるが、イッコは唐突にキリエの前から姿を消す。やがて警察が現れ、イッコが結婚詐欺を繰り返して逃げていることを知らされる。遡って2011年、大阪の小学校教師の風美は一人で野宿をしているらしい少女、路花を見つけて保護する。聞けば被災後、トラックに忍び込んで大阪まで逃げてきたらしく行き場はないようだ。SNSから彼女の姉を探しているらしき青年を見つけた風美は、夏彦と会う約束をする。夏彦は路花の姉、希(きりえ)の恋人であった。夏彦は風美に希との間に起きた後悔を告白する。』
〜だけど ココを歩くんだ ココで歌うんだ〜
《監督》岩井俊二
(「スワロウテイル」「リップヴァンウィンクルの花嫁」「ラストレター」)
《脚本》岩井俊二
《出演》アイナ・ジ・エンド、松村北斗、黒木華、村上虹郎、松浦拓也、大塚愛、安藤裕子、江口洋介、吉瀬美智子、樋口真嗣、奥菜恵、北村有起哉、広瀬すず、ほか
【名前を捨てた二人の再会】
岩井俊二監督作品。
主役のキリエを演じるのは、特徴的な歌声で人気の歌手、アイナ・ジ・エンドである。
アイナ・ジ・エンドの本格的な演技を見るのは本作が初めてだったが、彼女が本来持つ独特な雰囲気と、歌を歌う時以外は声を発することができないという設定上、とてもキリエ役にハマっていた。
路上ミュージシャンとして歌声で道ゆく人々を魅了していくのも、彼女らしくて良い。街を歩いている時にアイナ・ジ・エンドの特徴的な美しいハスキーボイスが聞こえてきたら、思わず足を止めて見入ってしまうだろう。
本作ではアイナ・ジ・エンドに限らず、大塚愛や石井竜也、特撮監督の樋口真嗣など、普段あまり演技を見ることのないキャストの演技を見ることができるのも新鮮であった。
理屈っぽいサザンカを霜降り明星の粗品が演じていたのもハマり役であった。
主人公キリエこと小塚路花という少女が孤独と悲痛な苦しみを背負いながら路上ミュージシャンとして羽ばたいていく姿や、キリエをプロデュースするイッコというもう一人の少女が道を踏み外しながらも自由を求めて自分らしさを追い続ける姿、そして震災で恋人を失い、過去の後悔と罪悪感を抱えながら生き続けてきた青年・夏彦の3人のドラマが丁寧に描かれる。
それぞれ若くして大きな重荷や十字架を背負いながらも、人生を懸命に生きている姿に心を動かされるのだ。
キリエは劇中で様々なカバー曲やオリジナルソングを歌うのだが、やはり最も印象的なのはテーマソングにもなっている「キリエ・憐れみの讃歌」であろう。
"「こんなはずじゃなかったよね」って嘆いてた川を渡って
知ることのない明日に生まれ変わっていたんだ"
"歩き出しても何度でもあぁ 繰り返す痛みにも
慣れていく それでいいんだと"
"世界はどこにもないよ だけど今ここを歩くんだ
希望とか見当たらない だけどあなたがここにいるから"
彼女だけでなく、イッコや夏彦、そして路花の姉・希(きりえ)などの若者たちが苦しみを抱えながらも生きていく姿が歌詞に重なって響いてくる。
彼らに根本的な救済や苦しみの解消は訪れることはないのかもしれない。受難の道はいつまでも続き、そんな日々を繰り返していくうちに苦しみや痛みにすらマヒしてしまう。
それでも先行きの分からない日々が次々と訪れ、彼らはただ側にいてくれる人や誰かのために歩み続けるしかないのだ。
震災後、路花はひとりぼっちで大阪まで流れ着いた。
大阪で行き場をなくした幼い路花が木の上で夜を越していたのは、津波に襲われた経験を経ての生存本能なのかもしれない。彼女が壮絶な経験をしたことが痛いほど伝わってくる。
仲良くなった路上ミュージシャンは喋れなくなった路花にとって「歌なら歌える」ことを気付かせてくれた、今の路花の原点となった。
だが、変質者の疑いがかけられて警察の職質にかかり、路花はまたひとりぼっちになる。
夏彦と再会した時も路花は嬉しそうにはしゃぎ回っていたのだが、やがて児童相談所の手が入って二人は離れ離れにされてしまう。
ようやく北海道で再会してもなお、また福祉の手が二人を引き裂く。路花は震災以降、一緒にいたい人と一緒にいることを許されなかった。
路花を引き裂くのはいつも血の通わない行政の手続きである。そこにはまるで、震災で孤独となった彼女に救済の手を与えてくれなかった行政への批判も感じられる。
そんな路花は今でこそ路上ミュージシャンとして地道な活動を続けているが、当時は時折、感情の蓋が開いて涙を流し続ける日もあったらしい。
あれほどの恐怖を味わい、愛する母や姉と平和に暮らす日々を失ったのだ。そしてその後しばらく、ひとりぼっちで孤独を抱える日々を味わったのだ。
どうしようもない悲しみに襲われる日もあるだろう。
それでも悲しみに足を止めることなく、音楽に夢中になって歩み続けている路花。
【守れなかった男、自由を追い続けた少女】
キリエ、イッコという二人の少女に関わる青年が夏彦である。
震災前、仙台の高校に通っていた夏彦はお盆に中学校時代の同級生と会うが、その際、以前から夏彦に好意を抱いていた小塚希(きりえ)と再会する。
希のアプローチに押されるまま交際に至った二人だったが、希の妊娠と共に夏彦の気持ちは揺れ動く。進学校への受験を控えている状態であること以上に、夏彦は希に対して将来を考えるほどの強い気持ちを抱いていなかったのだろう。
希の家族に紹介された時も、妊娠した希に出産することを勧めた時も、本心に蓋をして責任感による「正解」を選択したに過ぎず、自分の気持ちを希に素直に伝えられないまま時を過ごしていた。
だからこそ受験を理由に長い時間連絡を取らなかったし、どこかで逃げ続けていたのだ。
だがやがて夏彦は決意を固め、希と共に親になる覚悟を固める。その頃から本気で希のことを心配し、愛するようになるのだが、その直後、震災に襲われ、希とお腹の中の子供を失ってしまうのだ。
夏彦が守れなかったのは希だけでなかった。
その後、路花と再会した時、絶対に守ると決めていたのに血縁関係がないために児童相談所に引き取られてしまうし、路花がDMで夏彦を探して里親の元から逃げ出してきた時も結局成す術もなく押し寄せてきた児相の職員たちに引き戻されてしまう。
夏彦の罪悪感の源泉は常に希が身籠ったことへの迷いにあった。受験生だった夏彦は自分の人生を賭けることへの迷いがあり、そのために希と距離を置いていた時間があった。
震災当時、彼女のそばにいてやれなかったのも、彼女の命を救えなかったのも、その迷いのせいだと思い込んでいたのだろう。決してそんなことはない。あの震災は不条理な自然災害に過ぎないのだ。
本作において彼らを苦しめる敵は明確には存在しない。憎むべき相手や、排除するべき敵がいるわけではない。
だからこそ、やりきれない思いだけが残り続けている。
路花と三度の再会をした時、夏彦は「ごめんなさい」と謝り続けた。
すっかり姉の希とそっくりになってきた路花の顔を見て、改めて泣いて謝り続けたのだ。その言葉は路花に向けたものだけでなく、その顔に映る希に向けたものだったのだろう。迷いのせいで守れなかったことへの赦しを請うものだったのだろう。
イッコの本当の名前は真緒里である。
北海道で夏彦の家庭教師を受け、夏彦から路花を紹介された真緒里は後輩の路花と仲良くなった。
東京に出てから疎遠になっていたが、路花が路上ミュージシャン・キリエとして活動を始めてから再会する。
真緒里はすでに自分の名前を捨て、「イッコ」として生きていた。
イッコはいつも髪色が変わる。
サングラスをかけてカラフルな髪色のウィッグを付け替えて日々を生きている。
まるで昨日の私と今日の私は別人であるかのように、毎日を楽しんで生きているのだ。
それが彼女が田舎から飛び出した理由でもあった。北海道で代々スナック経営をしていた母に育てられたイッコは、「女を売る仕事は嫌だ」と言って自由を求めて大学を受験した。
ところが、蓋を開けてみればイッコは結婚詐欺の疑いで警察に追われているというのだ。真偽の程は定かではなく、イッコ側からの説明はない。
だが、彼女が何らかの理由で男性たちから金を借りて姿を暗ます手口を繰り返しているのは事実だろう。イッコが姿を消した直前も、彼女は路上パフォーマンス中に見知った顔の男を目撃していた。
自分が恨みを買って付け狙われていることに気付いたイッコは、路花を置いて姿を消したのだ。
それが彼女が求めていた"自由"だったのかは疑問が残る。
だがそうすることでしか"自由"を得られなかったのかもしれない。彼女は今現在、大きな罪を背負って生きているのだ。過去に後悔する夏彦や、過去に傷を負う路花とは少し違う。
そんなイッコはクライマックスで、おそらく彼女の被害者であろう男からナイフで刺されてしまう。生死は分からないが、大量の出血具合からも致命傷であることは感じられる。
それでもイッコは立ち上がり、ライブ中のキリエの元へ花束を届けようと歩き出すのだ。「こんなもんかすり傷」と呟くイッコ。決してかすり傷なわけはないのだが、彼女の人生を振り返ってみればもっと多くの大きな傷を負って生きてきたのだろう。
自分自身の望んでいた人生とは異なる方向へ歩み続け、"自由"を求め続けた結果、罪と傷だらけになっていたのかもしれない。
もっと早くに彼女が自分自身の生き様を振り返り、気付いて立ち止まって欲しかったと切に思う。北海道で路花と一緒にいた頃の真緒里は、純粋に"自由"に生きることを願っていた。自立して生きることこそ、彼女の本当の願いだったはずだ。
3人の若者たちの苦しみや重荷を抱えながら生き続ける姿が描かれる本作。
若さゆえに無計画で、それでいて強く生きる彼らの等身大の姿がリアルであった。
(178分)