【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

いつの時代も名作は色褪せません。
ジャンル、時代いっさい問わず、オススメ映画をピックアップ。
映画で人生を考察してみました。
【注意】
・ネタバレあり
・通番は個人的な指標です。
・解説、感想は個人の見解のため、ご理解下さい。


『プロミシング・ヤング・ウーマン』 

〈ジャンル〉ドラマ/サスペンス



~オススメ値~

★★★☆☆

・キャリー・マリガンがカッコ良い。

・自らの罪と向き合うということ。

・第93回アカデミー賞脚本賞、受賞。


(オススメ値の基準)

★1つ…一度は見たい

★2つ…良作だと思う

★3つ…ぜひ人にオススメしたい

★4つ…かなりオススメ!

★5つ…人生の一本、殿堂入り

〜オススメ対象外は月毎の「ざっと書き」にて紹介



〈〈以下、ネタバレ注意!!〉〉



《あらすじ》


『とあるバーで泥酔していたキャシー。3人組の男の一人に声をかけられ、介抱されながら自宅へ連れ込まれる。泥酔しているキャシーをベッドに押し倒した直後、キャシーは突然目を覚まして男を睨みつけた。恋人も友人もいないキャシーは、夜な夜なこうやって酔った女性につけこもうとする男性たちに制裁を下していた。その動機は、親友だったニーナが医大生時代に学生から性的暴行を受け、死へと追い込まれたことだった。ある日、キャシーがアルバイトをするカフェに医大時代の知り合いだったライアンが来客する。大学時代からキャシーに想いを寄せていたライアンのアプローチを受けて交際をスタートするキャシー。だが、ライアンがあの頃の学生たちと付き合いがあることを知り、そのツテを使って復讐計画を始動させる。』


〜私も彼女も"前途有望"なはずだったーー〜


《監督》エメラルド・フェネル

(「嵐が丘」)

《脚本》エメラルド・フェネル

《出演》キャリー・マリガン、ボー・バーナム、アリソン・ブリー、クランシー・ブラウン、ジェニファー・クーリッジ、クリス・ローウェル、ほか



【手帳に刻むリアルな世直し】



かつて性暴力によって親友を失った女性による復讐劇。マーゴット・ロビーも製作に名を連ねている。
そして、「SHE SAID/シー・セッド その名を暴け」で性犯罪をテーマに社会派ドラマで考えさせてくれたキャリー・マリガンが、今回もまた性暴力のテーマを扱う作品で活躍する。

本作も冒頭の登場シーンからカッコ良い。
キャリー・マリガンが演じる主人公のキャシーは、男の過ちを正した朝、ホットドッグを片手に帰路に着く。その姿は夜の悪人を成敗し、一仕事を終えて疲れたヒーローだ。服についている血の跡のように見えるものはただのケチャップなのだが、それが激しい死闘を繰り広げた後のように見える。
そんな朝帰りのキャシーを囃し立てる工事現場のおじさんたちがいるのだが、そんなおじさんたちの野次をひと睨みで黙らせる。
男の腐った目線をキャシーは決して許さないのだ。

あのキャリー・マリガンが甘っちょろい男を落とすために様々な扮装をする。それだけでも魅力的。最後の危険なナース姿にテンションを上げる男たちの気持ちも、決して分からんでもなくもない。
ただ、その隙だらけの誘惑は彼女が仕掛けた罠に過ぎない。毎夜、酔って潰れたフリをしているキャシーはバーやクラブで男たちを罠にかけ、男たちがキャシーを家に連れ込み性的な関係を持とうとした瞬間に本性を露わにする。
彼女がそんな世直しをしているのは医大時代、親友ニーナが酔って意識が朦朧としているうちに男子学生たちにレイプされた事件がきっかけだった。
ニーナはその後、心を病み、やがて命を失ってしまった。幼い頃からの親友だったキャシーは、親友としてそのカッコ良い性格に憧れていたニーナのことを忘れられないのだ。

とはいえ、本作でいう"復讐"というのがもっともキャシーらしい。彼女は決してプロの暗殺者でもなければ、連続殺人ができるようなシリアルキラーでもない。
一見、シリアルキラーのような攻め方で追い詰めるのだが、彼女は決してターゲットに対して物理的な危害を与えないのだ。

酔って潰れた演技をしていたキャシーが突然意識をハッキリさせるとそれだけで男たちはたじろぐ。自分たちが連れ帰ったのは、意識が朦朧としていて隙だらけの女だと思っているからだ。
逆にいえば、キャシーのような状態の女性にしか声をかけられない腑抜けた男どもだと言える。決してモテ男や、積極性のある粋な男ではない。
正気になったキャシーは今自分に何をしようとしていたかと問い詰める。糾弾し、説教し、こうやって酔った女を連れ込むことによって逆に社会的制裁を加えられる不安感を与えるのだ。

彼女が毎夜行うのはそれだけ。
ゆえに、“復讐劇"と言ってもクズ男たちが鋭い刃物で斬りつけられて股間を血塗れにされるとか、二度と世間で生きられないような恥を晒されるというわけではない。
とにかく、自分が犯した過ちに気付かせ、生き方を考え直す機会を与えているのである。
それだけではクズ男の成敗には物足りなさを感じる人もいるかもしれない。もしかするとスカッとするような気持ちにはなれないかもしれない。
だが、その方がリアルではないか。一人の女性ができる世直しの程度など、これで精一杯なのだ。
それでも毎夜のことなのでキャシーは仕事も簡単なカフェのバイトのようなことしかできないし、恋や友人を作る暇も気力もなかった。
もちろんそれは、親友が亡くなってから彼女の中での時計の針が止まってしまったこともあるのかもしれないが。

一方でキャシーは医大時代の知り合いライアンと再会。ライアンの猛烈なアプローチを受けて二人の距離は次第に縮まっていく。やがて二人は交際することに。
報復に執念を燃やすキャシーが、一人の女性として男性と前向きな交際ができる時間が生まれたことで、少しずつキャシーが前を向いて歩み始めたように見えた。

キャシーの両親もライアンを紹介されて喜んでいた。30歳になっても自分の誕生日を忘れるほど無気力になってしまったキャシーに対して母親は苦言を呈していたが、父親はいつも静かにキャシーの味方をしてくれていた。決して責めたり、せかしたりすることもなく、彼女のペースに合わせて見守ってくれていたのだ。
ライアンを家に連れてきた夜、父はニーナの名前を出してそれでも前向きに生き始めたキャシーのことを喜ぶ。やはり父もキャシーがニーナのことを想って立ち止まり続けていることを知っていた。知っていてなお、家庭内では気を遣ってニーナのことに触れずにいたのだろう。

ところが、ライアンがかつてニーナの事件を起こした加害者のアル・モンローの知り合いであることを知ると、あの事件の関係者たちと再び接触をし始める。
そして、当時、事件を揉み消して有耶無耶にした加害者たちを追い詰めていくのだ。その手段は計画的で緻密だが、そこでもやはり暴力に訴えることはない。
ニーナの事件を忘れようとした友人に対しては、ニーナと同じように酔い潰し、目覚めた時に見知らぬ男性と同部屋に居させる。
数日間何かされたのではないかという強い不安を与えた後で、その夜は何もされていなかったとネタバラシをするのだ。
事件をごまかしてニーナを苦しめた関係者たちが、自分事として考えること。それだけが、キャシーの願いだった。


【罪を犯した人々の責任】


だが、事件は思わぬ展開を見せる。
当時のレイプ動画を入手したキャシーは、そこに若き日のライアンも映っていることを知る。彼は直接的な性暴力こそしていなかったが、傍観者として笑ってアル・モンローの愚行を眺めていたのだ。
どれほどキャシーを苦しめたことか。だが、答えを出すまでに話し合いも時間も必要なかった。性暴力は悪であり、ニーナの命は取り戻すことのできない、かけがえのないものであったから。
キャシーはライアンを追い詰め、アル・モンローが結婚前の最後のパーティーを行う会場を聞き出す。

そして、加害者であるアル・モンローとの直接対峙に向かうのである。
問題のアル・モンローはクライマックスに至るまでその顔すらまともに登場しなかった。これまでのストーリーの中では何度も話題に上がっていたし、母校では卒業生として講演に来てくれたなどという話も上がっていたのだが、その時のシーンも大学時代の回想シーンもない。当然、我々はニーナの命を奪うきっかけを作ったアル・モンローは、極めて凶悪かつ最低な男の印象を思い描いているのである。

ところが、独身最後のパーティ会場に訪れたキャシーを迎え入れたアル・モンローは、優しそうな普通の中年男性だった。
ストリッパーを演じているキャシーに対しても、自分には愛する人がいるから変なことはできないと断りを入れており、心から新婦を愛しているのだと分かる。冷酷無比で陰湿な性犯罪者のようには見えない。
だが紳士的に装う一方で、キャシーが強引に迫ればそれを強く拒むこともない様子が垣間見える
それは、本質的に彼が過ちを犯したとしても相手のせいにできる余白を残しているからなのだ。無意識に責任転嫁する生き方をしているとも言える。

だからこそこれまで彼は自らの責任に目を向けてこなかった。酒を飲んで酔い潰れたニーナも悪い。男たちの場所に来たしまったニーナも悪い。酔い潰れたとはいえ拒まなかったニーナも悪いニーナが悪い。
そうやって、責任の矛先をなすりつけてきたのである。

その逆に自らの罪の責任と向き合った人が、当時、アル・モンローの弁護をしてニーナ事件を落ち着かせた弁護士の男だろう。
今は弁護士業をしていないと言う男は、ニーナの名前も覚えていたし、今でもこれまで自分が握り潰してきた悪事の数々の責任を感じて不眠症で苦しんでいた。
赦しを乞う弁護士に対して、キャシーは涙しながら彼だけには何もしなかった。そればかりか、彼に赦しを与えたのだ。
罪を犯した者の負うべき責任の姿とはまさしく、彼のように罪と向き合って苦しみを抱えて生きていくことであり、一生被害者の名前を忘れずに生きていくことなのだ。

キャシーが親友の名前を忘れずにいたように、この世界にいつまでも亡くなった被害者の名前を覚えている者がいるとすれば、それは家族か加害者たちに他ならない。
笑って見過ごしていた傍観者を含めて、全員がその責任を負っていたはずなのだ。

キャシーの報復劇は加害者としての責任の負い方について考えさせられる。性犯罪の被害者が亡くなっていなかったとしても、性犯罪は心の死とも言われる。
責任を負いながら生きるのは苦しい。苦しいが、それが心を含めて、相手の命を奪った責任の重さなのだ。

キャシーの報復は最後まで徹底して非暴力だった。想像すらしていなかった意外な方法で最大の敵に報復するキャシー。そこにもまた緻密に構成された計画があった。
アル・モンローの社会的な人生は終わったが、これからも彼の命は続く。命が続く限り、彼は自らの犯した重大な罪の数々と向き合わなければならない。

(113分)



キャリー・マリガン主演・性加害問題を描いたドラマはこちら!