看板犬ヴィッツすと~りぃ~では、良く 声帯を切ることに焦点を当てて書かれていますが、
犬のしっぽを切ることや、犬の耳をカットすることには、焦点を当てたことはありません。
「本当の愛犬家なら、自分の家族の健康なしっぽや耳を切りますか?」的なことは
書かれたことは無いと思います。
この形を整える行為は人間が見栄えの良いマスコットにするためのエゴではないのでしょうか?
それが、今も日本で普通に行われているからだと考えることができます。
しっぽは、感情表現もしますし、耳も同じではないでしょうか?
声帯を切ることを誰もが良しとはしていませんし、やむなくの事と理解はできないのでしょうか?
また声帯を切っても完全に声が出なくなるわけでは無く、
人間の話し声程度の音量はあると理解しています。
また、飼い主は吠え方で何を訴えているかも見ればわかるのではないでしょうか?
誤解を恐れずに書くと、常に傍に居るのに大きな声は不要ということです。
声帯を切られた犬達は、野山で仲間や飼い主を呼ぶ必要がない犬達だと理解することができます。
皆さん 犬が吠えることの意味、シチュエーションを考えて見て下さい。
やむなく許容できる事ではないでしょうか?
命を授かった以上、終生家族と平和に暮らすための解決策の一つと考える事はできないのでしょうか?
この事と、尾を切ることや耳をカットする意味についても同じく考えて見て下さい。
どちらが、犬達にとって受け入れがたい事なのかを、、、
しかし、当該burogは、このやむなくの事を、悪事とし いくつか揃えば個を特定できる情報を拡散し
一方的な解釈で 廃業やレスキューを求めています。
「声帯切除」これは、喉を切る(残忍な)行為であり、
声が出せなくなる(権利を奪う行為)であり、 すなわち 「虐待」と
切除する行為に着目させ、その目的を論ぜずにです。
例えば、足を切り捨てる!しかもそれは、超有名な医者!
こう書いてしまえば、皆さん驚くでしょう。
しかし、壊死した足を放置すると命がない!だから切断すると、、。
この例から、足を切り捨てる事に着目させてしまえば、残忍な行為が行われていると
皆さんを思わせることは可能なのです。
これと同じです。 これを行っているブリーダは悪人だと、、、。
私には、善人でも悪人でもあまり関係のないことです。
悪人と位置づけ、個を特定させるために遠まわしに関連付け
ネガティブキャンペーンを行っていることが問題で、
多くの読者が不快に思っていると考える事ができます。
(声帯切除しても、吠え声は聞こえ、飼い主とのコミュニケーションは十分図れます)
あくまで最終的な解決方法なのではないでしょうか。
犬のコミュニケーションの権利を奪うのではなく、家族と平和に暮らすための
最終的な解決策としての医療行為だと私は考えています。
皆さん 一度考えて見て下さい。
更に、
極論を言えば、スタンダード作り自体が人間のエゴなのではないでしょうか?
被毛カットや服を着せることも然りです。
みんな理由があり、許容しあって生きているのです。
なぜ、執拗に特定の犬舎を責めるのでしょうか 理解に苦しみます。
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