「ニュース 報道の意味」
これは、国民に広く早く情報や事件や事実を伝えることを目的とし新聞、TV 、ラジオ、Internet 、街の電光掲示板等様々な方法がある。
このブログも Internet による報道の一部であることを前置きする。
テレビ出演を果たし、にほんブログ村アイリッシュセッターのトップに常駐する「看板犬ヴィッツすと~りぃ~」の発信する情報「おとうちゃんのひとりごと」は、独り言ではなく「公への情報発信」であり、正論に沿って読者を誘導しその決定的な状態に至った際事例として遠まわしに(事件が)当事者であるがごとく連想させ陰湿ともとれる個人や団体に対する妨害や、過去には来店した犬の状態を記事にした事、今でも飼い主をチェックする姿勢を自身のブログで書いている事に注目して頂きたい。
良く使われる言葉 「フリー運動」とは、犬にとっては、嬉しい。このブログ主は、率先して法律違反条令違反をしているのが多くの記事で確認できる。
例えば、時速40kmの速度制限道路を「私は絶対にオーバーしたことはない」という人は、ペーパードライバーを除き、まずいないだろう。誰しもが仕方ない理由のもと若干速度を超えてしまうのだ。そんな証拠はあえて残さないし自慢もしない。つまり、やったことはあるが自慢できることや推奨出来ることではない。
「フリー運動」を公共の場で行うのは、極めて利己的で公共に対する配慮や、責任感が問われるだけでなくネット上に公開された画像を見てそれに賛同する人ばかりではないと言うことだ。河川を管理される人々、漁協関係者、公園緑地課関係者、また世論では犬嫌いという人が4人に1人というデータから「(ブログ主自分らを)多目に見て」と周囲に許される事なのだろうか。このブログ主の行動に感化され、またはノーリードを安易に考え注意を怠り取り返しのつかない事故が実際に起きている。 ブログを見て「吉野川なら、犬を放せる」と考える人もいるだろう。 自然だからを理由にそこでの排泄は放置される可能性は否めない。愛犬家であり有名ブログサイトでありテレビ出演した事を報じ続け誇示するブログサイト情報にしては、問題はないのだろうか。
「誘導する意図」の存在について、例えば 20140714の記事関しても、ブログ主の意図的な思惑が隠されている。
お気付きの人も多く、またかと。
ペットショップの売れ残り
保健所に収用した犬 これらは度々メディアでも取り上げられる熟慮すべき社会問題である。誰かを狙った表現ではなく、表現に問題はないが、
訓練所とハンドラーには、「預けられっぱなし」と表現を変えていることに注目したい。
つまり、訓練所、ハンドラー、犬の所有者に対し
犬の所有者は、犬を(金で愛情もなく)ものが仕上がるまで放して無関心でいると。読みとる事ができる。訓練所の犬は、不幸な犬なのだろうか。ハンドラーに預けられた犬は不幸な犬なのだろうか。タイトルをとるために行われる努力や訓練は不幸だろうか。これは、過去のブログにある有名犬舎等への当て付けと詠むことができる。奈良の有名アイリッシュセッターの犬舎「ダンシングヒロケンネル」は、九州、京都に並び数多くのチャンピオン犬を排出しハンドラーとしても国内外で有名である。また、ダンシングヒロ犬舎から渡米中の犬は、確かに預けられっぱなしということになる。しかし、皆さん普通に考えて預かった託された犬は、「ばなし」でタイトルがとれるのだろうか。アメリカの情報をFB 等で確認された人もいるでしょう。アメリカの犬舎で広大な土地で幸せいっぱいでは。 一方日本はお国事情でなかなか難しいのは確かだ。しかしショーや訓練で預かる犬に対する、「ぱなし」は、外部からの見え方であり、放置「ぱなし」ではない。「ぱなし」とは、無責任を連想させる言葉表現だ。皆さんにお聞きしたい。ブログ主の行動や情報から、どんなことが連想できるだろうか。