行動に意味をもってほしい | 「感謝」につながるために~

「感謝」につながるために~

毎日いろんなことがありますが、その先にあるものは「感謝」の想い。
子育てのこと、仕事のこと、家族のこと。そして世の中の「ちょっと、ちょっと!」的な出来事。
私の想い、心の叫び、ときおりグチグチ(笑)。お付き合いいただければ幸いです。

私の身近なところで感染者が出ました。


そのこと自体は本当にやむを得ないことだと思うし、

自分にだってその可能性はある。


今回私が強く思ったこと。


私たちと対面する日の前日に、ご家族が高熱をだされていたとのこと。


だったらさ、それは出掛けることを見合わせる。


これが当然の行動だと思うのです。


ましてや保健、医療、エッセンシャル-ワーカーと呼ばれる人たちが多いこの日に、それは専門職としての自覚に欠けている行動。


ご本人が発熱し、「実は皆さんと会う前日に家族が高熱を出していまして…」をカミングアウトされても、こっちとしてはやりようがない。


理論上、定義上は私たちは濃厚接触者にはあたらないらしいですが、明らかに会話をしているし、ましてや不織布マスクを普段から使ってくれず、しかも声を張り上げて一方的に話すタイプの方なので、何度か人と話すときだけでも不織布マスクにしてもらえないか頼んだことがあったような方でした。


同じ時間に同じ空間にいた私たちとしては、不安でしかない。


ご家族の発熱を、間に合うタイミングで話してもらっていたら状況は変わってきたと思うのです。


念のため、家では私はなるべく隔離生活。消毒をかなりこまめにして、家族と共用しない。


私は内臓系の難病だから感染したときの悪化が怖い。

こうなると本当に毎日が「命懸け」。

こちらがどんなにガードしていても、誰かのほんのちょっとの配慮のなさで不安は増大する。


家族の発熱…。


無理してその場に来ようとしないでください。


家族の発熱…を理由に、お休みしてもらう風土を作って欲しい。

ワクチン打ったから無敵!と勘違いをしている方もいる。

実際に朝の通勤電車の中で「あたしワクチン打ったから旅行いける!」と、まだまだ接種が追いついていない、働き盛りのサラリーマンを横目にそんな話を大声で話している高齢者。


ワクチン打っているから…と行動を見直さない方もいます。


無敵なんか全然ないし、ワクチン打ってなおかつ引き続き行動を自制する。


事情でワクチンを打てない方もいるし、ひとりひとりの自制した行動の積み重ねなんだと改めて感じます。


今日も発熱なし。


今回のことがあってから、検温も異常なまでに緊張する。


本当、頼むよ。

何かあってからじゃ遅いから。


「自粛」ではなく「自制、自律」の行動を、

みなさんも考え直してください。


今日もどうか無事に…。