帰るのはそこ晩秋の大きな木  坪内稔典

 

 魚くさい路地の日だまり母縮む

 

 猫抱いてあれは鈴木という木です

 

 朝潮がどっと負けます曼珠沙華

 

 行き先はあの道端のねこじゃらし

 

「猫の木」は1987年刊、

坪内稔典氏の第五句集にあたる。

坪内稔典氏の代表的な作品を多見するが

私は今回、まず「あとがき」に注目した。

長くなるが一部を引用する。

「作者が厳密に考えて作った句も、読者がじつに

思いがけない読みとりをすることがある。作者と

読者とのその意外な出会いに、俳句の面白さの

いっさいが現れるのではないだろうか。(中略)

俳句は、新たな関係を創造する装置、もしくは

媒介だと言ってよい」

「読者が思いがけない読みとりをするのは、

どんなに厳密に書かれていても、俳句はついに

一種の片言にすぎないからである」

坪内稔典氏の俳句は「片言」説が登場する。

そして、作者と読者に新しい関係が生まれる「装置」

として俳句を位置づけたことも、

これまでにない捉え方ではなかろうか。

 

余談だが、この「あとがき」には「制作を直接に担当

してくださった林真理子さん、ありがとう」ともある。

林真理子さんとは、いま話題の林真理子日大理事長であろう。

彼女はコピーライターとして私が勤めていた広告会社を

たびたび訪れ、目撃したこともある。

1986年に「最終便に間に合えば」で直木賞を受賞するが、

それまでこういう句集の制作にも携わっていたことを

初めて知った。

 

次回は「猫の木」に登場する楽しい、面白い作品の

深掘り、エピソードを書いてみたい。