久しぶりに書きます。
このひと月、仕事や体調など
やや混乱があって、前へ進む気力を失っていあt。
それもクリアになったので、再開します!
今日11日は山の日。
朝からエアコン無しで過ごしている。
外に出て空気を吸うと、暑さが和らいでいる。
8月に入って、この「俳句は肯定の文学」を
丁寧に読んでいる。
高柳重信の「俳句は敗北の詩」という主張に
相当に共感したり、
俳句を現代語で書こうと決心しているボクとしては
神野紗季氏の主張に大いに興味津々であった。
書評、あるいは論評が既にいくつか書かれているので
その視点ではこの著については、ここでは触れない。
重要なテーマは
俳句は文語で書くこと、という俳句界の常識を否定?
口語俳句の可能性を引き出そうとする姿勢を
大いに評価したい。
さらに、例えば「俳句は俗である」という主張
あるいは口語俳句の可能性のひとつとしての「口誦性」など
坪内稔典氏との共通項を随所にみる。
神野紗季氏のこういう志向に対し
神野紗季氏の同世代の、若い俳句作者たちはどう考えるのか
その反応が興味深い。
この「俳句は肯定の文学」とあわせて
坪内稔典著「俳句=口誦と片言」(五柳書院)を読むと
俳句の重大な可能性を感じると思う。





