稔典と赤尾兜子③

 

 ゆびきりの指が落ちてる春の空 坪内稔典 

 

 春の蛇口「下向きばかりにあきました」

 

 うふふっふうふふうふっ乳捨てる

 

1980年(昭和55年)7月刊の坪内稔典句集「わが町」にある作品。

「指が落ちてる」とか「うふふっふうふふうふっ」とか

これらを初めて読んだとき、ボクはびっくりした。

何かしら新しい「明るい」生活を感じた。

 

ところで、赤尾兜子は「わが町」が出た翌年の

1981年(昭和56年)3月に自死した。

 

 鼻あしび四国好みは父譲り  赤尾兜子

 

 みちのくの小米届くや鶴渡る

 

 ささなみの国の濁酒善ひやすし

 

 かの北風に白く小さく貝割菜

 

稔典氏は「季節や風土に自らの情感を即応させたもの」だが

「こういう句に自足できたとすれば」赤尾は自死しなかった。

と評論集「世紀末の地球儀」で書いている。

そして、「赤尾は季節や風土に順応しようとしながら順応しきれなかったのである。

<定型への反意を抱きながら俳句を書くという矛盾>を

ついに手離すことができなかったことになる。」と続く。

 

俳句が季節の詩、風土の詩と呼ばれ、

季節や風土に順応しがちだったところへ、

赤尾は現代の荒涼とした現実を書き留め、

それに呼応した季節や風土を描こうとする意欲を示したが、

それがいつか挫折したのである。

 

稔典氏は最近「アーバン季語」なる言葉を使い始めている。

これがどこへ繋がり、どこへゴールするのかいまのところ不明である。

ただ、始めの3句には赤尾兜子とは違う

現代の都市の季節や風土に呼応する世界が強く描かれている

と感じるのだがどうだろう。

 

写真はボクがかなり通っているカレー屋さん。

この席に座ったことがなかったので

そっと撮った。

 

三宅やよい氏発行、赤石忍氏編集の

「猫街」13号を読ませていただいた。

 

 三日後のヒヤシンスです今ここは 坪内稔典

 

 岡山の鰆へちょっと来た気分

 

 桜散る重吉・福子は河馬の連れ

 

 窓あけるプチュとか春のプウが好き

 

 ブタナ揺れリスボンあたりの明日かも

 

 炎昼に爪の真赤な金魚たち  赤石忍

 

 透明なパレードがゆく冬木立

 

 石川くん瀕死の双六問屋に就職す  ねじめ正一

 

 僕の妻澄んでる声で葱値切る

 

坪内稔典氏の作品を読む機会はなかなかないので

5句、あげてみた。

いつも思うのだが、いつも書いているのだが

言葉は軽く、軽妙だけれど

どうもうまく解釈できない。

 

赤石氏、ねじめ氏の作品も

ボクにはとんと刺さらない。

作者の思惑とは別に勝手に読めばいいのだろうが

どうもうじうじしてしまう。

 

ひとつだけ言うならば

抒情的な感性が違うような気がする。

ボクの皮膚にある抒情性と

とことん異なるのだろう。

俳句に「抒情性」はムダなのか、

と考えてしまった。

 

この「猫街」は半年に1回の発行で

6年目に入ったという。

ボクの編集、発行する「正午」は

洗練された「猫街」をお手本に、

いつか「猫街」のようにと思っている。

 

今日は朝から暑い。夏の太陽。

ただ、台風接近中。

大阪は今日の夜から雨らしい。

 

「正午」11号のいい句、楽しい句

選句してみます。

編集中に全体を読んでいるのだけれど

改めて読者として読むのは味わいが違う。

 

 勝てないが負けたくはない紅い薔薇 さわいかずこ

 

 見かけよりずっと善人彼岸花

 

 木の家のキコキコと鳴り冴え返る  谷町百合乃

 

 きのう欝今日は生きたく木の芽時

 

 君はもうチューリップだよ気付いてた  武田近子

 

 じゃんけんで又々負けて目刺し焼く

 

 アネモネはちょっといじわる義理の姉  西村久美

 

 まどろみて皿の草餅姿消す

 

一人20句のうち2句ずつ選んだが、

これでいいのかなとずっと思っている。

ボクの好きな句だから、きっといいのだが

でも、他にもありそうだし・・・。

今日の選句の基準は「意思」がはっきりしていること。

ホント?

 

ということで、「正午」11号を読むは

ここで終了。

 

 

写真はわが家の窓辺の百合の花。

カサブランカではないけれど

豪華に見えて、しばし満足。

 

クチナシの花が満開である。

花びらの独特の感触が好きだ。

 

「正午」11号から今回も

ボクの気になる句、好きな句を選んでみたい。

ここに選ぶのは、あくまでもこの日、この時間の趣向で

当然ながら絶対かどうかはそれぞれが決めたらいい。

 

 天からの丸がたくさん春の雨  今江有希

 

 ゴミ置き場ランドセルぽつり春の朝

 

 着ぶくれて武器売る国となりにけり 小野達也

 

 鰻店釣り針注意のことわりが

 

 ふるさとのみかん一房口の中  紀宝

 

 立つ陽炎あべのハルカス千鳥足

 

 短夜の原稿用紙枡擦れ  栗山豊秋

 

 春雪やリングの痕の薬指

 

ここまで来て気付いたんだけれど、

状況を読者に判ってもらおうと

いっぱいいっぱいな気がする。

もっと、一歩、二歩引き下がって

冷静に見守ればいいのになあと感じた。

「現実と幻想を往来する」

ボクはそういうつもりで俳句を書く。

で、よく失敗する。

まったく「状況」が読めないから。

でも、それでもいいかと諦める。

そういう諦めも必要なのではないか。

今回の作品から、ボクはそういう印象を覚えた。

 

稔典と赤尾兜子②

 

1978年3月の「俳句研究」に稔典氏は「赤尾兜子論」を書いている。

それを「過渡の詩」に「枯木の幻想―赤尾兜子」として収録。

いま、それを繰り返し読みながら弱音を吐いている。

なぜ、こんな難しいところから「坪内稔典を読む」を始めたのか。

若い頃、入って来ていたものがなぜ、まったく入ってこないのか。

苛立っているのだ。

 

 切れぎれの佳き初夢や惜しかりし 赤尾兜子

 新屋の木の香神の香霜日和

 父その他厚司着けしもむかしかな

 

これらの句を稔典氏は「性急さ」の見本と評している。

俳句は、たとえば「俳句性とか季語とか結社ということにしても、

この詩型が持つ性急さという陥穽を抜きにして語ることは、

まったく虚しいことである」と語りながら、兜子の句をそう指している。

余談だが、兜子が自死したのは1981年3月である。

その3年前にこの論文があり、「性急」という文字が出てきている。

自死と「性急」を結びつけるのは性急だろうか。

評論を読み進めると

「最近の赤尾の作品は、以前にも増して彼の生理的なものを強く纏っており・・」

とあって、生理的に「暗さ」を根ざしているというような意味のことも書いている。

 

 音楽漂う岸侵しゆく蛇の飢  赤尾兜子

 広場に裂けた木 塩のまわりに塩軋み

 会うほどにしずかに一匹の魚いる秋

 

ボクらがあるいはボクが兜子の作品として、

目にしたのはこんな句で、とくに上の2つは目標とも言うべきものであった。

つまり赤尾兜子は前衛の俳句作家で、それに憧れ、

その憧れが上の2句だったというのが事情だ。

上の3句目はそんなボクらに稔典氏が提示した1句と思っている。

強引ではあるが、3句目の「魚いる秋」は稔典氏の作品に通底

している気がするのだがどうだろうか。

 

「過渡の詩」の中でも赤尾兜子論は難解に思う。

それをムリヤリ突き進んでいる。

もう少し突進していと考えている。

本音は違うところから入ればよかった!

後悔と弱音である。

 

写真はベランダの檸檬の木の実。

ようやく目に見えて成長してきた。

ただ、今年は数が少ない。

最終的には数個しか育たない、気がする。