人口技術の限界 | わたやんの趣味ブログ

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オーガニックレストランをメインに開拓しています。
他に食べ歩きや投資・本を読んだ感想などイベントの裏側や専用ブログを書いていく際の裏側を書いていきます!

おはようございます、今日から専用ページにての運用を開始させていただきます。

初投稿で何を書こうかと思いましたが、根っこで考えていることの一つを書いていくことにしました。

 

人工技術と言えば皆さん、人工知能とか想像されるかもしれませんが、今回は「貨幣」、「科学物質」なども含めた広範囲のものについて思うことを書いていきます。

 

前世紀より急速な進展を見せた世界経済と科学技術、昨今ではビットコインや医薬品や農薬や食品添加物など多岐に渡る分野で活躍しております。

 

しかし、一方で貧困層の存在やテロの発生、がんや奇病、新型の伝染病の発生、食物の栄養素減退、害虫や疫病を媒介する生物の蔓延、動植物の絶滅など多くの問題も含まれております。

 

私は投資家として11年間企業に投資をする基準として「儲かるもの」に投資をすることと「これは本当に必要だ」と思うものに投資をすること、そのどちらが「正解」かと悩んでいました。

結果として「儲かるもの」に投資し、不平等な競争の下で得られる利益というものを甘んじて受けております。

 

ただ、がん患者や経済的&社会的力を持たない子供たちのために活動している方たちに会い、科学技術や出資とは違う方法で彼らの力になる姿を見て、最初は驚き、戸惑い、非合理的だと思いながらも心を動かされるものを感じ、なんだかんだで行動を共にしています。

 

結局、人を動かす大きな力は「財力」でもなく、「技術力」でもなく人自身であると思い知らされています(そこには勿論それだけでは解決できない障害があって、それは・・・またおいおい気が向いたら書いていきましょう)。

 

加えて、どれだけ人類が「力」をつけても微生物1種類でさえ制御できない。

自然は絶妙なバランスで多くのものの調和をとっている。そして技術力では自然を修復することはできない。貨幣で絶滅した動物がいる状態を買うこともできない。

 

人間のみに焦点を絞る(もっと言うと技術力に絞ってしまう)ことの限界とそこに潜在する危険性。それを知った上で私たちは様々なものと共存すべきではないのでしょうか?