The recession

内需拡大などと言われているがなかなか内需が拡大しない。国民のお金は預貯金に回っていく。考えてみれば当たり前の話だ。不透明な先行きを考えると、今あるお金は将来のために残しておきたいと考えるのは当たり前だろう。

先日、外国人の友達が入院した。入院した時、彼はお金を殆ど持っていなかった。だからガールフレンドが保証人になり、友達が入院費を出して無事に治療を受け退院できた。

彼の生活感は日本人の観点でみればとても無謀に見える。多くの日本人は、入院費程度の貯金があるか生命保険に入っていざという時の備えをしている。日本人にとってそれはとても普通の事だ。皆そうする事があ当たり前なのだ。

その外国人の友達はそんな考えを不思議に思う。「税金を払っているのだから国が助けてくれるのが当たり前だろう」彼に聞くとそんな風に語る。良く考えてみると確かにそうだ、憲法25条でも「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定められている。

お金が無くて、食べられなくて餓死してしまうという状況は実は憲法違反であり。そういう状況が生まれるのであれば、国または地方自治体がなんらかの責任を負わなければいけない筈だ。国は憲法を遵守する義務があるのだから。

そんな考えに従えば、我々は友達の外国人のようにお金を全て使い果たしても生きていけるはずである(勿論、健康で労働の義務を果たした上で)それなのに今、そうでない事(事件)が多発しているように感じる。

例えば年末の派遣村の事、NPOが派遣の人達を助けなければ住む場所を追われた人はどうなっていただろう。彼らは少なくともきちんと労働して国民の義務を果たしていた人達だ。契約云々の話ではない。かれらの生活が守られなかったのだ。国がなんとかするべきではなかったか(憲法違反なのだ)。

仮に貯蓄がなくたって生きて生活できる環境を国は提供しなければいけない筈なのだと思う。貯蓄が必要な状況、これは国民は安心して生活できていない証拠なのだ。未来を保証する年金でさえ破綻と言われる事態になっている(社会不安を招いた社会保険庁の経済に対する罪は小さくない)

これでは国民は安心してお金を使えない、つまり内需は絶対に伸びないのである。このような状況では将来のために貯蓄してしまう、それが自然の流れだ。無一文でも働いていれば生活の心配の無い世界そんな世の中が必要なのだと思う。

政府は、早くこういった国民の不安を解消しない限り、定額給付金のように一時的にお金をばらまいても内需は拡大しない。つまり生活基盤と将来に安心を持たせるようなきちんとした政治や行政をおこなってそれを国民に見せなければいけないのだと思う。

国は生活が安定するという証拠を示さずに税金だけを上げようと言う。しかしこれでは誰も納得できないだろう。「国民の生活をこういう方法で安定させるから税金を上げます。これで貴方達の生活は国で守ります」そう言うべきなのだろう。

安心な生活基盤(福祉)⇒内需拡大⇒景気回復


もっとお金を自由に使いたいと考えた時、こんな事を思いました。「政治家は我々国民が安心してお金を消費できる生活基盤を作って景気拡大させる。そして国を繁栄・発展させる事」そんなプロセスを我々は望んでいるのではないのかと。