~クラウド・コンピューティング~


週末のレースを控えた夜、突然携帯に着信が入った。普段、携帯の設定はマナーモードにし着信を確認して必要な人へ折り返すようにしている。畳まれた携帯を広げ、着信を確認するとそこにはいつも週末の夜を過ごすパブのオーナーの携帯の番号が残っていた。しばらくパブから足が遠ざかると、電話がかかってくる。

いわゆるダイレクト・セールスのような物なのだが、これが、地元のパブであり銀座のクラブからでは無いのは寂しい。クリスマスには、レギュラーメンバーで食べる11Kgのターキーを我が家で焼くために連絡を取り合うのだが、着信があったのはやっと夏の暑さが空気のなかなら消えようとしている初秋の夜だった。不思議に思いながら、表示された番号を発信する。2度の呼び出し音の後にパブのオーナーが出る。

「ああ、良かった。実は店のパソコンが壊れちゃったのよ、ちょっと診てくれない」

金曜の夜、他の店で飲んでいるという嘘もつけない。家にある予備のノートパソコンを持ってしぶしぶ店へ出向く。この店でパソコンを修理するのはこれで二度目になる。いつもただの様な値段でビールを飲ましてもらっているので、少しの労働は仕方が無い。文句は言えない。

この店のオーディオ・システムはiTunesだった。小さい店で店員も少ない。オーナーとバイトの二名で細々と店を回している。店には座席が殆ど無いいわゆるスタンド・タイプのパブで、小さい店とはいえ週末の夜にもなれば、50名を越える客が見せに集まり大騒ぎになる。

そんな大勢の客を抱え少数店員ではドリンクやフードを作ってテーブルへ運ぶので手一杯、CDを変えたたり音楽の面倒を見ている暇など一切ない。だから店の音楽は全てハードディスクへ放り込み一晩中流しっぱなしにする。とてもいい音響システムなのだが、ライブの無い日の音楽はiTunesコーデックの音質で十分だ。

店へ行ってみると、店には似つかわしくなく、大きなプラズマディスプレーからテレビの音が流れている。いわゆるテレビの音だ。テレビや映画を観るのであればそれで問題ないのだが、パブでは友達同士の会話が重要なポイントなのだ。テレビの余計な音ではなく、音楽が店の重要な雰囲気作りをしている。

だからパソコンは店にとってとても重要な備品だった。早速パソコンを起動してみると、BIOSメニューの起動後ブルーバックになってしまい。OSは上がってこない。BIOSの設定を変更しても何も変わらない。BIOSのローダーが指すHDDのブート・セクターが壊れていそうだった。

店には2台のパソコンがあったがもう一台も動かない。前に観た時に壊れているので修理するように進言しておいたのだが、めんどくさいのか放置されていた。2台のパソコンはその場で直ぐには直りそうが無かったので、持っていったノートパソコンをオーディオシステムに繋ぎ、その場はノートパソコンから音楽を流す。

ノートパソコンはiPod Nanoへ音楽をコピー用だったから、iTunesやMP4ファイルはちゃんと入っていた。いつも店で流れているジャンルの曲が多かったので、何の変更もなく使う事ができた。2台のデスクトップパソコンを車で家へ持ち帰り、OSを再インストールして、バックアップしてある数百ギガバイトの音楽をHDDへコピーする。無駄な時間だけが過ぎる地道な作業だ。

夜も薄っすらと明けた頃、2台のパソコンを店へ届けセットアップする。こうして無事、店のオーディオシステムは元通りになって、今でも店で元気に働き続けている。パブの友人達は音楽を楽しみ、スモールトークに興じる。

話は変わり、先日、燃えないゴミをマンションのゴミ集積場へ持っていくと、いきなり隣の家に住む奥様からお願いをされた(Hな話じゃないですよ)。

「家のパソコンが上手く動かないのだけど見ていただけないかしら」

ご主人を良く知っているが、やや年配で器械物は全くだめな人なのだ。パソコンなんか論外というような人物。宅配便を預かったりしてもらっている義理もあり無理に断れない。とりあえず訪問して動作を確かめてみる。隣の家のノートパソコンはインターネットに繋がらないという事らしかった。

無線LANで繋がっていた。家へRJ45ケーブルを取りに戻り直接差すとちゃんとインターネットへ出て行ける。結局、無線LANのステーション側かパソコンのネットワーク・アダプタの不良という事がわかった。ノートパソコンを自宅へ持ち帰り家の無線LANへ入れるとちゃんと動作する。これで、アダプタの不良という事が判明、早速メルコへ電話し修理に出す。

こんな風に貴重な週末の時間が、あっと言う間に消えていった。ネットを使おうと思えば、誰もがこれ程に機能の肥大化し複雑化したパソコンを買いそれを使わなければいけない。難しい言葉や機能を覚えなければいけない。

そもそも、それ自体が土台無理な話のような気がしてならない。Windowsのユーザ・インターフェイスでパソコンは使い易くなったとはいえパソコンはコンピュータなのだ。難しいのは当たり前なのだ。コンピュータの勉強もした事も無い人が使おうというのが問題なのだろう。

使いこなすためには専門的な知識は必要だし、仕組みだって理解していなければ全ての機能を使いこなす事はできない。高いお金をはたいて買ったパソコンの10%程の機能も使っていない。DVDで例えればやっと再生機能が使える程度にすぎない。

こんな無駄な話が当たり前になっているこの社会に憤りを感じないわけにはいかない。何故普通の人々がインターネットをするだけで高価で複雑なパソコンを買わなければいけないのだろうか。電気機器メーカーの販売戦略としか思えない。電気機器メーカは、もっとエンドユーザのためにネットの利用環境を変える努力をするべきだ。

今、クラウド・コンピュータという考え方が登場している。これはコンピュータ(ハード)本体は遠くネットの向こう側にあってエンドユーザは、テレビのような簡易な端末からネットの向こうにある(仮想的な)コンピュータを使うだけなのだ。

つまりエンドユーザは電源をオンにすればパソコンを使え、ハードのセットアップも、OSやアプリケーション・ソフトウェアのインストールを意識する必要がなくなる。ネットを使う事、コンピュータを使う事は、テレビのような特殊端末からネットの向こうへ簡単に繋がり、冷蔵庫やテレビと同じように、ネット上にあるワープロソフトやスプレッド・シートを利用できるようになる。

そんな時代が来ようとしている。日本の電気メーカーは脱マイクロソフト、脱PCを目指すためにクラウドコンピュータ用にネットワーク端末の開発と、仮想ハードウェアを提供する環境を早急に整えて欲しいと強く望む。

そんな端末はテレビと一体化できるかもしれないし、家の中からパソコンを消す事ができるかもしれない。そうなれば、OSの再インストールもソフトウェアのアップデートも自分で行う必要はないのだ。勿論ウィルスチェックなどという作業も必要無くなる。全ては仮想環境を提供する会社が行えばいい。

パソコンが家やオフィスの中から消える、そんな時代がやってきそうだ。