I did the runing


まぁ、英文法的に間違っていないか……だれも咎めない。それより咎められそうな事と言えば、記事を書いて居ない事……脳細胞が早い冬眠に入ったかのように活動しない。脳内のミトコンドリアが糖を分解してエネルギーに変換してくれていないのだろうか。何故考えが及ばないのか誰か教えて欲しいあまりにKY過ぎる。

目は見える(まだ見える)、耳も聞こえる、声はかすれてるが話はできる、味もわかる、手も、足もちゃんと動く、自律神経も大丈夫そうだ。体温は36.2℃問題なし。緑色の脳細胞だけがきちんと機能していない。単にそれだけの事なのかもしれない。いずれにろ脳は全て後回しKYなのだ……

そんな事、気に病んでいても仕方が無い。とりあえず前へ進まないと42.195Kmのゴールは少しも近づいてはくれない「1cmでも前へ動くのだ」自分に言い聞かせ、てを振り足を動かす。深く考えても仕方が無いのでとりあえず体を動かす(はぃ体育会系です。とりあえず体動かせば、結果は後から付いてきます)。

頭はすっきりとしませんが、体はすっきりする……とりあえず(すっきりしない人は別の事をしてください……お願いします)。沢山の汗をかいて、体内からエネルギーを発散して、蓄積していた古い燃えカスを完全に燃焼する……それだけでも走る価値はある、多分。

皇居、「北海道の御仁」がおっしゃるように周辺の空気はとても悪い。それでも都内で信号を気にせず5Kmも10Kmも走られるのは皇居の周囲だけ。少しばかりの緑もある、お堀には水もあり水面には美しい月も映る。緑の中からは沢山の秋の虫達の鳴き声が聞こえる。北海道の自然と比較すれば猫の額のような大きさだが、こには自然がある……だから都会のランナーは走る。

そんな所に寄り所を見つけなければ走る事もままならない(とても残念な事ですが)。日本の今の経済を維持していくためには引き換えとなる「代償」が必要なのだ。どこまでそういう物をトレード・オフできるのかそれは解らない。でもそれは日本だけじゃない、米国だって中国だって同じ事だ。

ランと日本経済そんな関係は忘れて、兎に角、皇居を走らなければ42.195kmは縮まらない。苦しくても皆走る事を求めているのだ。満ちかける月と大手町の高層ビル群の灯りが、お堀の水面に反射し、車のテール・ランプやヘッド・ライトは皇居を長く取り巻くそんな夜が落ちている場所、皇居。

ゆっくりと足を踏み出すと、広いお堀を抜ける涼しい風が襟元を通り、高層ビルの立ち並ぶ街の中へ抜けていく。悠々しく毅然と建つ国会議事堂、威圧的に立ち並ぶ霞ヶ関の高層ビル群。そんな風景をバックに暗く細い小路を走る。荒い息遣いが背後に近づき、そして前方へ消える。

真剣な足音は、神経質な足音を立てて背後で踊る。「早く抜いてくれよ」そんな声を心で発しながら足を運ぶ。暗い路面は起伏が激しく凸凹だ、うっかりすると足を取られて怪我をしかねない。1周目は全力で走り、2周目はチームのメンバー伴走にまわった。

気落ちの良いんなて嘘だ。本当はとても蒸し暑かった。けど走る事は自体は素敵な事だ。疲れと快感が入り混じり、自愛と自虐が入り混じる。それが都会のRunだ。大きな荷物を抱えて満員電車に乗り、仕事に疲れた体を動かす。そんな条件を受け入れ、走るのが皇居ランナーなのだ。

来週は皇居Runお休み(田沢湖の準備します)です。再来週、走りますので宜しくお願いします。
Run 15.01Km Total 83.51Km