丘へ登る道は見た目より厳く、急な坂が丘の頂上の方へ長く伸びている。少年は草むらから、強い蟻酸を持った蟻や毒蜘蛛が襲ってこないのか心配で仕方が無かった。周囲に目を配りながら恐怖を抑えて少女の後に続いた。かなり急勾配の坂道にも関わらず、少女は知らない言葉で鼻歌交じりに登っていく。とても不思議なメロディの歌だった。
細い声が周囲の樹木に反射して林の中に響きこだまする。少女が少年を見ると落ち着かない様子だった。その場で立ち止まると少年へ向けて
「大丈夫よ、この辺りには蟻も毒蜘蛛も居ないわ、この辺りはジークの通り道だから、安心しなさい」
そう言って丘の上へ向けて再び足を進めた。少年の背丈の5倍程の高さをした樹木は、曲がりくねった道を挟み丘の頂上へ向けてまるできちんと測り植樹されたように規則正しく並んでいた。道の先にある頂と青い空の間には数本の白い大きな煙突の先端が丘の向こう側に頭を覗かせており、その先端から青い空に向かって蒼い煙が細くと立ち昇っていた。
少女は急勾配の坂を息も切らさずに歌いながら軽快に登っていく。少女の言葉を聞いて安心した少年は、一定の距離を置いて遅れないように後に続いた。少女と同じようなペースで脚を進めたが疲れを一向に感じない。少し前に口にした飲物と奥地の力の影響であるのは間違いない。
少年はそれがわかると、今度は並んで少女の歌を真似するように口ずさんで坂を上った。少女はそんな姿を見て少しだけ微笑み少年の手を取ろうとした。少女の指先は、まるで井戸の底から引き上げた野菜や果物のように凍りつくと思う程冷たかった。
少年の村では野菜や果物を冷やすのに井戸を使う。深い井戸の底へ野菜や果物に縄を付けて落としておくと、凍る寸前の冷たさまで冷えた。少年の住む星は、二つの太陽によって始終照らされていたので地表は温暖だった。しかし地下へ降りるとまるで氷河期のように冷た星だった。
驚いて少年が手を引っ込めると、少女は歌うのを急に止めマスクの奥から少年の方へ視線を向けた。少年にはマスクの奥にある中心にある黒い瞳が潤み、その奥に深い悲しみを含んでいるように思えた。少女は出した手を引っ込めると、きちんと正面へ向き直り無言で歩き出した。
少年には、先程まで、少女の歌によって活き活きとしていた樹木が、一瞬で力と潤いを無くしてしまったように見えた。丘の頂上と思われる場所が見えた。そこには大きな矩形の岩が丘を貫くように斜めに刺さっている。遠い昔にいた巨人がその岩を怒りに任せ大きな力で刺したのだろうか、少年には岩がそんな風に見えた。頂上へ辿り着くと「怒りの岩」に手を置いて少女は、
「ここが頂上よ」
と言った。声の中にはさっき目の中に浮かべた悲しみは無くなっていた。それから、少女は岩の裏に回り、人が彫りこんだ階段で岩の頂上へ登った。少年は後について岩を登り、同じように頂上に立った。岩の頂から周囲を眺めると、緑の大地がその星の輪郭を描くように丸い地平線が周囲を取り巻き何処までも続いている。
少年が箱を抱え歩いてきたブロックの壁は、村を横切り少年の右と左へと地平線の先で小さな点になっていて、地上を二分する一本の線のように見えた。そして街の外に広がる緑の野原には、何頭ものジークが群れを成していた。「青い星とジークそして緑の草原」それが少年の抱いた世界の印象だった。
Will be revised.