人の姿はどこにも無い、動く物は青い空をゆっくりと流れる綿のような白い雲と、通りを横切る動物達だけだった。少年はその様子を暫くの間眺めていた。太陽の色に染まる草や樹々に囲まれた家、のんびりと通り横切る大きな二本の角を持った赤い動物。

その様子は少年の住んでいた街とは違い、美しく、ゆっくりと過ぎる時間があった。ただ、のんびりとした景色とは別に、時折とても酷い異臭を感じた。少年はそれを不吉な臭いだと思った。言葉では言い表せない不吉な臭いだ。ただ、その臭いも常に鼻へ届いている訳ではなく、風に乗って時折やってくるような感じなのだった。

少年が窓の外を見ていると背後で鈍い音がした。振り返ると開いた扉の場所に人が立っていた。背丈は少年と同じ程度、街でも女性が着るている皮製の服を着て、頭からすっぽりと皮のマスクを被っている。手にはお盆を抱え、上には水差しの形をした容器とコップ、そして小さな素焼きの壺が載っていた。

マスクに空いた丸い穴を通して瞳の輝きが見えた。扉を開けた人は、お盆をベッドの上へ置くと窓際にいる少年へ近づいてきた。

「気がついたのね」

女性の細い声だった。赤の民でも青の民のものでもないアクセントだったが、はっきりと聞き取れ理解できた。マスクを被っているので外見から女性の年齢を量る術はなかったが、声には少年と同じようなあどけなさが残る幼い声の様にに感じた。

「うん」

少年は何を答えれば良いのかわかず短い返事をした。

「元気になって良かったわ、歩けるのね」
「うん、君がここへ連れて来て、看病してくれたの」
「違うわ、あなたをここへ連れて来たのは私のお父さんよ、ここでは私が看ていたけれど……」

マスクで少女の口元は見えなかったので、少女が本当に話しをしているのか当惑した。少女の声には現実味がなく、耳を通して聞くと言うよりは、どこか遠くから心の奥へ響くような不思議な感じだった。

「そうか、ありがとう……草原の壁の上で意識が薄れた所までは覚えているんだけど、それからの記憶が無いんだ」
「そうなの、壁伝いに北へ少し行った所で倒れていたそうよ、子供のジークが一頭の戻らなくて、お父さんが探しに行ったら、ジークの傍に貴方が倒れいたて、それで連れ帰ってきたの」
「えっ、ジーク……」
「えぇ、ジークよほらあそこにも見えるでしょ」

先ほど通りを横切る2本の角をもった赤い動物を指差した。

「ジークが一緒で良かったわ、一緒なら蟻や蜘蛛に襲われる心配が無いもの。ジークは蟻や蜘蛛を食べて生きているのよ。だから、蟻も蜘蛛もジークの気配を感じると何処かへ消えてしまうの。この草原には数え切れない程沢山の蟻や蜘蛛がいるでしょ、でもジークが居れば安全に歩き回れるのよ。でも……不思議ね、何故ジークはあなたの傍に居たのかしら。普通人間の傍には近寄らないものなのに。あなた、アムレットを持っている」
「アムレット……骨屋で作っているけど、今は持っていないよ」
「変ね、ジークはアムレットを持っている人へなら近づくけど、普段は人に近づかないの。あなたの街の近くで見たことは無いでしょ。人のいる街へは決して近づかないのよ」
「でも、本当に持っていないんだ」

そう返すと、少年の膝が力なく折れそうになった。少女は、急いでお盆をベッドの端に置き、少年を支えてベッドへ座らせた。それからお盆に乗った壺の中から丸い粒を3粒ほど取り出し、水差しのような容器から、コップへ液体を注ぐと空いている少年の手に握らせた。

「さぁ、それを飲みなさい。飲めば元気になるわ。ジークの角の中に含まれる薬玉なの。飲めば元気になるのよ」

手に載せられた粒は見覚えがあった。青の旅人が妹に与えていた物と同じ色と大きさをしている。少年は、薬球を口に入れると持っているコップの中に入っている液体を喉の奥へ入れると、甘い味と香りがして液体と薬は喉をゆっくりと流れ落ちていくのを感じた。