翌朝、空は晴れ上がり盛夏というにはぴったりの日だった。天気とは逆に心は深い井戸の底で小さな丸い青空を眺めているようだった。昼過ぎに有里の家へ電話をすると家政婦のおばさんが電話でに出て
「有里さんに『電話を繋がないで』と言われている」
と告げられ、暫く電話はしないで欲しいと加えた。
「いつまででしょうか」
と尋ねると
「わかりません」
と事務的に言い電話を切った。太陽を避けるように木陰を抜けて駐車場へ行き、ハンドルを握ると一度深く呼吸をして、車を図書館へ走らせた。不思議な事に前日あんなに賑やかだった、森からは蝉の鳴き声を消えていた。職員をつかまえて
「司書の田中さんはいますか?」
と尋ねると、
「田中は、昨日退職しました」
と言われた。
その年夏は、こうして夏始まり、色彩を失くしたまま過ぎていった。蝉の鳴き声を避けて、部屋を出ないで有里からの連絡を待ち続けた。夏が終わっても電話は壊れているかのように沈黙を守った。結局あの暑い日の午後、それまでの人生の中で一番大切な物を失ったのだと思った。
それでも、夏休みが明け新学期が始まると、学校へ行き、勉強もそこそこに友達とくだらない遊びや合コンに興じた。でも、何処へ行って何をしても、失った物と一緒に壊れた物は元に戻らないと感じた。行く先を見失った心は、漠然とした時に流されていった。
焼けた空気が海上へ去り、大陸からの冷たい風が吹き始めた頃、郵便受けに青と赤の縞が入った封書を見つけた。Airmailとスタンプが押された白い封書の差出人には、「有里」と書かれた後に「Boston MA. 12653 U.S.A」と続いき、初めて見る切手が付いていた。部屋へ行くまでに封筒の外側を隅々まで眺めたが、封筒の外から伝わる事はそれ以上、何も発見できない。
「有里からの白い封筒、差出場所、ボストン」
封筒を言葉でなぞってみたが、現実化できない言葉は粉々になり空気の中へ消えていった。背負ったテニスラケット・ケースを部屋の片隅へ置き、ベッドに寝転がって、もう一度その封筒を外側から眺めたが、何も新しい発見は無かたっから「何も変わらない……」と心で呟いた。
封筒をドラフターの上に貼り付け、コンポのスイッチを入れた。板の中央に貼られた封書を見ながら周りを何度も行き来した。42回目の行来が終わったと所で深呼吸をして封筒を取り上げた。それから鋏を使って丁寧に封を空けた。
封筒を広げ逆さまにすると色づいた木の葉と、畳まれた薄い便箋がドラフターの木版の上に落ちた。丸椅子を引いて座り、木の葉をメンディング・テープで板の角に留めてから便箋を開いた。
「こんにちは、元気ですか? 長い間連絡しなくてごめんなさい。あんな事があって、混乱してしまって連絡できなかったのです。きっと君には解ってもらえる筈です。今、アメリカの東海岸にあるボストンという街へ来ています。
こちらで9月から新しい生活を始めた所です。君には黙っていたけど、春の頃から親と医学部の教授に強く留学を勧められていたんです。知らない所で手続きは進んでいたから決心してから、あまり時間もかからずここへ住む事が決まりました。
この時期のニューイングランドは赤や黄色に色付いた秋の樹木が街を埋め、言葉では表せないほど綺麗です。きっと自然の好きな君はこの風景を気に入ってくれるでしょう。君とそんな秋の田舎町をのんびりとドライブできたらどんなに楽しいのでしょう。
夏の間は葉山で海を見て過ごしていました。暑い夏の太陽の注ぐ葉山の長いビーチも、君が居なくては嵐の訪れを待つ人気の無い寂しい海岸のように見えました。一人で葉山の海を眺めていると、君の事を思い出し、会いたくてたまらなくなる日もありました。
でも、あの日の事が鮮明に頭に焼きついていて、受話器を上げても指を動かせなかった。君と図書館の人の間に何があったのか知らないし、今となってはその必要も無いと思います。そう、それは忘れてしまってもいいたっだ事なの。
君にはもう一歩踏み出す勇気を持って欲しいと思っていた。それは君に何度も繰り返し望んだ事。そしてそれを待っていたのに。君は私でではなく、あの人を通して前に出てしまった。あの時、何か別のものを感じそして受け入れたのね。あの時、そんな風に感じたの。
望んでいる事が別の人によって与えられる。それがどんなに残酷な事だったかわかる。夏の間ずっとその事を考えていたんだけど、結局なんの答えも出せなかった。きっと自分から離れた所で成長していく君を受け入れない自分があってとても苦しかったのだと思う。
君と過ごした1年半は人生の中で、とても楽しかった時間でた。あんなにのんびりとゆったりとした時間を感じた事がなかったし、他人にそんな時間を与えらる事は君の持つ素敵才能だと思います。君に黙って留学を受けてしまいました……ごめんなさい。暫くは日本へ帰らずこちらで勉強する覚悟です。
どうか元気で過ごしてください。いつも元気な君の姿は忘れません。
では、 有里」
そんな苦い夏事は今になっても忘れない。その次の年の春、二度目の3年生となり、二度目の3年生の暑い夏を迎えた。その後も図書館へ何度か言ったがもう田中に会う事もなかったし。葉山へ向かうために朝比奈峠越えることも無くなった。
卒業の年春休み、学生最後の旅行でボストンを訪れ有里に会い、やっと春の声が聞こえたチャールズ川の畔を肩を並べて散歩した。