薄暗い部屋、床から伝わる堅い感覚や寝室との境にあるガラス窓を通して入る僅かな照明の光、そんな灯り照らすタイルの反射でそこが浴室だとわかる。堅く握られていた手首は、いつのまにか開放され自由になっていた。あんなに激しかった雷鳴が遠く何処か別の街で、鳴り響いているように聞こえる。

濡れた靴下から雨水が染み出しその水が排水溝へ流れていくそんな事が思い浮かぶ。田中さんは、言葉を発する事なく一度浴室の扉を出て行き、四角い形をした白い塊を持って戻ってきた。そして塊を2つに分けると、濡れた髪で隠れた顔を見せもせず、無言で塊の一方を此方に差し出した。

暗闇の中には、真っ白なタオルとブラウスの濡れていない部分、透けた下着の形、浴室の外から入る灯りを反射した御影石、そんな物が僅かに見えるだけだった。濡れた髪の毛の下にある田中さんの表情は伺えない。「田中さんは何を思っているのだろう」そう思ったが言葉にはならない。

タオルを手渡すと田中さんはこちらに背中を向けて持っているタオルを床へ置いた。それから濡れたグレーのカーディガンを脱いで、床に置いてから体の向こう側で手を動かし、ノースリーブのブラウスから腕を抜いて、カーディガンの隣へ並べる。次に腰の辺りに手をかけるとスカートのジッパーを下ろしてホックをはずした。

雨で重くなったスカートは、形良く丸みを帯びた腰に掛かる事無く、濡れた布切れが叩きつけられるように、音を立て浴室の床に落ちた。ぼんやりとした闇の中に、白いブラジャーと下着だけが空中に浮かんでいるように見えた。そして背中のホックを外すと床に置いたバスタオルを巻き、最後に下着を下ろした。

間の前で起きている光景に呼吸が乱れる。興奮を田中さんに悟られないように、ゆっくりと呼吸を整える。白いバスタオルは体の曲線をなぞるように輪郭を作る。口の中に溜まった唾液を飲み込むと、唾液が喉の奥を通る鈍い音が頭の中で響く、そして同期するかのように雷鳴が響いた。

部屋の暗さに馴染んできた目には、タオルから出た細い肩と腕がぼんやりと見えてきた。一連の様子を呆然として眺めていると、突然田中さんは振り返って、

「濡れたものを脱いで」

と少し強い口調で言った。急に現実的な言葉が耳へと入ってきた。言葉に驚き、命令に従うように慌ててTシャツを脱ぎバックルを外した。田中さんは、脱いだ自分服をまとめ一度浴室を出て言った。濡れて脱ぎにくくなったジーンズから足首を外すために床へ座り込む。

田中さんは無表情に、雑然と床へ放り投げられたTシャツを丁寧にハンガーへ通し、濡れた靴下を別のハンガーへ吊るした。自分の意思とは別な自分が居て、服を無理やり脱がされているような感じだ。「今すぐ帰るんだ」そんな声は、夕立にかき消された蝉の鳴き声と同じように消えた。

タイルの床に座ってジーンズを脱ぎ立ち上がって腰へタオルを巻く、雨と汗でぐっしょりと濡れた下着を下ろした。田中さんは、変わらず無表情に、扉から様子をじっと眺めていた。「何を観て、何を思っているのだろう」疑問が心の奥で繰り返される。そして田中さんは脱ぎ終えたジーンズや残りの服をハンガーへ吊るした。

肩にかかる真直ぐな髪の毛から、背中へ水滴が流れ落ちた。それから振り返るともう一度、手首を強い力で掴み扉の方へ腕を引いた。手首を引かれるままに浴室を出た。、壁には大きな鏡があり暗闇に二人の顔が水の中から拾われた人形のようい映っている。暗さに慣れた視覚は、次第に周囲の様子をはっきりと映す。

左手でテーブルの上のフェィスタオル掴む。指にはいつのまにか輝いていた指輪が消えていた。大きなベッドが部屋を埋め、白地の羽根布団が大きなベッドからはみ出すように乗っている。田中さんは掴んでいた手を離し、濡れた髪の毛を手早く吹き上げると、タオルを畳んで枕元へ置き。大きな羽根布団をめくり上た。

正面へ向き直ったかと思うと両手で両肩を軽く押した、バランスを崩してベッドの上へ倒れる。雷鳴の音が部屋に響く、今度は先ほどの音より遥かに大きな音で、部屋全体が神経質にビリビリと震えるような気がした。田中さんは怯えて覆いかぶさるようにベッドの中へ倒れ込んできた。田中さんの甘い汗の香が鼻を通り過ぎる。

胸に顔を埋め小さく震えている。体を温めるために腕で体を包むと濡れた髪の毛が頬と濡らした。近くでまた大きな雷鳴が響いて部屋をもう一度揺らす。肩を掴む田中さんの指に力が入り爪が筋肉へ食い込んで両肩に痛みが走った。雷鳴は何度も部屋を揺らしその度に爪は食い込んだ。

雷鳴はからかうかのように頭の上で大きな音をたて、飽きるとさっさと何処かへ消えてしまう。気まぐれな天気がこんな事を起こしているのか。田中さんは雷が去った後も腕の中で震えていた。体は氷のように冷たくなっている。腕を伸ばしてめくれた羽根布団をかけると、胸に顔を埋めたまま体を強く押し付けてきた。

遠い山の中で蝉の鳴き声が響いているような気がした。田中さんは布団の中で体に着けていた二枚のバスタオルを取ると床へ落とした。さっきまで氷のように冷え切っていた体は、生き返ったように体温を得て熱くなった。目を開けると田中さんの顔があり、濡れた髪の間から潤んだ目が見下ろしていた。そして田中さんの滑らかで柔らかな肌に全身が包まれると頭の奥で何かが弾けた。

田中さんは有里とは違っていた。有里が静かな湖だとすれば、田中さんは荒れた海だった。有里との交わりが落ち着いて穏やかな安堵感物とすれば、田中さんは激しく情熱的で官能的だ。どちらが良くとぢらが悪いといた物ではない。二つは全く対称を成す完全に異なる感覚だった。

一つの同じ行為なのに相手が違うと受けとる感覚の違いに当惑した。そして田中さんを知る事で有里をもっと深く知る事ができる……そんな矛盾を知ると混乱した。最後まで田中さんは情熱的に反応し、そして大きな波を向かえるとゆっくりと深い海の底へ沈んでいった。

また、遠くで蝉の鳴き声を聞いたような気がした。目を瞑り耳を済ますと森と静かな湖が現れそして深い霧の中へ消えていった。
スミマセン、ワンショットです。時間が無くて推敲できていません。官能小説にしたくないから濡れ場はこの程度でかんべんしてください。
……あっ鼻血, Run 0Km, Swim 0Km