階段を半分ほど下ると北の空にどす黒く浮かぶ雲が急に明るくなり空全体に広がった。そして瞬きを何度かす程の間に、下腹まで響くような重さと布を引き裂くような不安定な音が混じりあい、物凄い音で辺りと揺さぶった。
田中さんはその音に怯えて階段の途中でしゃがみ込んでしまった。そんな音が何度か続いている間、神社へ向かう階段の途中で田中さんを見守るしかなかった。空が暗くなるに従って横浜の街灯りは増えていったが、黒い雷雲が去っていく様子は無い。
田中さんがやっと立ち上がり歩き出すと、それを見計らっていたかのように意地悪な雷は雷鳴を轟かせた。今度は座り込みはしなかった。ポケットの中でキーホルダを握っていた左腕を掴んだと思うと、体を押し付けてきた。汗で湿ったブラウスを通し体温を感じと汗の香りがした。押し付けられた腕には田中さんの柔らかい胸の感触が伝わってきた。
腕に力を入れて腕にしがみつく田中さんを支え、階段を下ると空から大粒の水滴が音を立てて落ち始めた。最初はなんとか凌げる程の量だったが、野毛の坂を下り国道を横切り私鉄の高架を過ぎて小さな運河の橋を渡る頃には視界が利かない程になっいた。山をにぎわしていた蝉の鳴き声が消え変わって、街に雨の音が響いた。
向かっている場所へは、そこから歩いてたっぷり15分はかかる。横浜の市街でも風紀の悪い地域を抜け、さらにその向こうの商店街の先だ。走って橋を渡り終わった頃には二人とも洋を着たままプールへ入ったっように爪先から頭の上までずぶ濡れだった。
田中さんの薄く白いブラウスは服として役にたってない。薄い生地は透けてブラジャーのレース柄まで生地の外へはっきりと映している。橋の向こう側には、入り口にRest 7,000円、Stay12,000円のような料金が書かれた看板のある何軒もの建物が雨のブラインドを通してぼんやりと見えた。
視界を遮る程の雨と、雨が建物を叩く凄い音が一体に響き渡る。橋の袂にあるビルの軒下で足を止め雨宿りする、しかし小さな軒に張り出す屋根では何の役にもたたない。雨は遠慮無く吹き込み二人雨粒は二人を叩く。通りを歩く人の姿は見えなかった。傘があってもきっと何の役に立たないに違いない。
田中さんは左手で胸を隠すようにして、右手を左腕へ通し体全体をを押し付けてくる。雨で冷えた体に田中さんの豊かな胸の柔らかな感触と体温が伝わってくる。空を見上げても落ちる水の流れは止まりそうにない。時折稲妻が空を明るくし、物凄い雷鳴が辺りの建物を揺らす。
商店街のアーケードへ辿り着く方法を考えていると、いきなり、田中さんは、左手首を堅く掴むと雨の中へ走り出した。滝のような雨の中を引き摺られるように走り小さな灯りが点いた壁の隙間へ滑り込むように飛び込んだ。壁の隙間を通り抜けるとそこが何処なのかわかった。
有里と付き合う前、大学に入って初めて付き合い始めたガールフレンドと、下を向いて顔を隠して入った場所だ。あの時は入る時も出て行く時も恥ずかしさと緊張で体が堅くなった。システムもよくわからずガールフレンドとどきどきして、暗い廊下を歩き扉に灯りの点いた部屋へ辿り着いた。
壁に並ぶ部屋の写真と、一つ一つに付けられたボタン。田中さんはその中の一つを押すと鍵を取ってエレベータへ向かった。軒下からエレベータ・ピットへ行く間が音楽のように滑るように流れ気が付いた時には部屋に入り、田中さんが扉の鍵を「ガシャリ」という大きな音を立てて締める所だった。
田中さんは、丁寧にサンダルを脱ぎ先に上がり、また手首を掴み暗い部屋の奥への方へ手を引いた。雨で中まで水入ったデッキシューズを乱暴に脱ぎ捨て、導かれるままに浴室へ入った。「こんな状況でどんな選択肢があるんだ」そんな呪文のような言葉を何度も唱えた。