「今日図書館で見かけた時嬉しかったわ、卒業のクラスも違うから同窓会は一緒にならないでしょ。もう一生会うことはないかと思っていたから図書室で見た時心臓がとまりそうだった」
「それは大げさだな、こっちも変な所見つかっちゃたな」
「図書館には良く来るの」
「ああ、時間があれば……でも勉強しに行くわけじゃないんだ。彼女を迎えに来てるだけさ」
「彼女!?……いつもあの席に座っている綺麗な女性ね。だから今日あそこに座ってのよね。彼女いつも難しい医学書を借りていくけど医療関係なの」
「うん、医師の卵だよ、相模原の方にある大学の3年生、市内にある病院の跡取り娘だよ」
「才女なのね、聡明な感じがするわ、いつもあそこに座っているでしょ少し気になっていたのよ、でも貴方の事は、今まで全然気かなかったわ」
そう言って笑った。田中さんが笑うと左の頬に可愛いえくぼができた。そしてアイスティのグラスを持ち上げるとストローを口にした。ストローの先端に薄いピンクのルージュが少しだけ付いた。
「でも、彼女が医者の娘じゃ大変っじゃない」
「そんなでもないよ、二人でいる時は普通の女の子だしね。あっ、今日、図書館でみなかった」
「朝から勤務だったけど……あの席では観ていないわ、多分、別人が座ってたような気がする」
「そうなんだ、何処へ消えたんだろう」
「なんだ、探してたのね、誘ちゃって悪かったかしら……」
「そんな事ないよ、第一、約束したのに、連絡なしで消えちゃうし、家にでも帰ったんだろう」
「心配じゃないの」
「彼女なら大丈夫だよ、二流大学で留年寸前の学生よりは遙かにしっかりしているからね」
「確かにそうね」
笑いながらアイスティーの無くなったグラスを持ち、底に残る小さくなった氷をストローでクルクルと回した。持ち上げたグラスを持つ左手にはキラキラと光る石が付けられた指輪が、「もうすぐ結婚するのよ」と語りかけていた。不機嫌なウエイトレスがやってきて水の減ったグラスへ冷たい水を満たすと、また不機嫌そうに入り口へ戻っていった。
飛び込み台のあるプールを見るといつのまにか子供達の姿が消え、監視委員が後片付けを始めていた。太陽はまだ地平線より高い所にあったが、街の灯りが夜の訪れを告げていた。
「ねぇ、今夜は予定あるの……私は全然暇なんだけど……突然だけど食事しない。今度いつ会えるか判らないし、せっかくだから」
「図書館は毎日のように行っているから、これから毎日でも会えるよ。でも、今日は暇だから付き合ってもいいな。ここからだと関内辺りの店へ行けばいいね」
「ええ、ピッザは好き?とても美味しいナポリ風のピッザ屋さんがあるのよ、大きな石釜があって、シシリアってお店なんだけど知ってる」
「初めて聞く名前だよ」
「じゃ、決まりね」
田中さんはテーブルに置いてあったハンカチをバッグにしまう。灰皿に挟まれたレシートを取って立ち上がるとそれに続いた。レジで支払いを済ませ外に出ると、ボリュームの摘みをいきなり上げたように、蝉の鳴き声が迫ってきた。鬱蒼とした樹木の向こうには大きな神社の屋根が少しだけ見えた。
空を見上げると先ほどまで見えていた青空が急に真っ黒な雲に覆われ、夕立になりそうな雲行きになっていた。空気はたっぷりと湿気を含んでいた。少しづつ灯りが点り始めた横浜の繁華街を見ながら丘を下る階段を下り、田中さんと一緒に横浜の街中へ足を進めた。
ポケットへ手を入れると、車のキーと、誕生にに有里からプレゼントされたキーホルダーが冷たく指の先に触れた。