熱帯夜、空が白みがかる時間になっても空気に篭った熱に変化は無かった。ベッドの横で回る壊れかけた扇風機の羽根は風を切る音も重くカラカラと音を立てていた。
寝苦しさを感じぼんやりと目を開けると、寝室の時計の文字盤の針が既に明るくなった外の光で浮き上がって見えた。針ははっきりと午前四時半を指していた。月曜日の早朝、もう少し眠らないと、週の始まりは集中力が続かず仕事に支障が生じるに違いない。ただでさえ憂鬱な月曜日がさらに酷くなってしまう。
そう思って眠りなおそうとしたが、背後で異様な熱を感じ我慢ができない。すぐに動かない体をどうにかして熱のする方を見ると、まだ明るくなりきらない朝の光でぼんやりと浮かび上がる大きな白い塊があった。まだ焦点の合わない目は次第に鮮明度を増し物体の輪郭をくっきりと映す。
白い物体の上面はゆっくりと上下動を繰り返している。良く見ると力士のように良く太った裸の人間のようにも見える。あまりに贅肉が多かったので肉塊のように見えた。丸々と太った体は脂肪の間に深い溝が作られ、付き過ぎた脂肪がたるんでいた。その真っ白な皮膚のせいでぶよぶよとした出来立ての餅のようにも見えた。
息を吸えば体が膨らみ息を吐け縮む異性物の様にも見える。白い表面は冷たく見えたが、実際はそれに反して酷く熱を持ち、手を近づけると高い体温を感じた。白い皮膚には汗が粒となって浮き出てシーツを濡らしていた。そんな醜い肉塊がすぐ隣で寝ていた。
光景の異様さにもあまり驚かない自分が不思議だった。大きな豚足がベッドに横たわっている程度にしか感じない。大きな豚足がベッドにある事自体の尋常で無い、そんな異常さにも無頓着になっていた。その理由と言うのも空気の熱と湿度の重さがもっと苛立たしく感じたからだ。
そいつに触れないようにシーツを抜けシャワールームへ行くと。どういう訳かベッドにいた筈の白い肉塊はシャワー・ルームの隅にうずくまるように汗を塗れで座っていた。瞬間息を呑んだが、気づかない振りをして、石鹸で髪の毛と体を洗いシャワーで洗い流した。わざと肉塊に水をかけると肉塊は少しだけ縮みあがった。
冷たいシャワーを浴びてもその朝の暑さはあまり変わらなかった。バスタオルで体を拭いても汗が滲み出る。そんな夏の朝だった。汗が退くのを待って下着をつけて、キッチンへ行く。するとさっきシャワー・ルームで縮み上がっていた白く醜い肉塊は汗を一杯で座っていた。
そんな奴にかまっている暇は無い。これから月曜日の暑い通勤が待っているのだ。完全に肉塊を無視して、焼きあがったトーストをしっかりと胃の中に収めて、エアコンの冷気を浴びながら、クリーニングから上がってきたばかりの白いワイシャツに手を通してネクタイを締める。
白い肉塊はそんな様子を部屋の隅から、汗を掻いてじっと見つめている。朝の酷い暑さは、それが何者で何故そこに居るのか……そんな考える事も、暑苦しく、めんどくさく思わせた。家の電気を落とし靴を履く、振り返ってキッチンの方をみると肉塊は我慢強く遠くからこちらを見続けていた。
玄関を出て駅へ向かう。夏の太陽が照りつけ首筋に汗が滲み出る。気がつくと、まるで人の後を追うように肉塊はその息遣いが聞こえる背後を同じ速度で歩いていた。そんな風にされても気にする元気は無い。暑さで汗が滲まないように歩くだけで他に考える事は無い。腕にしがみつかれないだけでもありがたいと思った。
太陽を見上げると、頬を伝って汗が落ちる。行きかう人も一度はその肉塊にちらりと目を送るが、とても面倒と言った顔を作りすれ違っていく。皆もまた月曜の朝の暑さで参っていた。行き交う人のシャツは皆汗が滲み染みになっていた。肉塊はそんな朝なら誰にも文句を言われない事をしっているのだ。
空を見上げると、地面を少しだけ昇った朝の太陽が意地悪くニヤリと笑ったような気がした。