ブログネタ:いい男、いい女の条件って? 参加中

人が考え抱いている格好良さというのは個人により随分違うようだ。それは100のドラマがあればその主人公が100通りあるのと同じだ。原作の作者や脚本家は、その著作物の中で主人公へ個性を与え息を吹き込む。主人公はトータルな格好の良さを与えられたり、部分的な格好の良さを与えられたりしてストーリーを構成する。

観客は、作家の作り出した個性をドラマの中から探し出し、共感して主人公を好きになったり、主人公の生き様を模倣したりする。物語の中の作られたイメージに男女の格好の良さを見つけ共感できるようになる。それは生き様であり、洋服というようなアイテムであり、またはちょっとした仕草だったりもする。

そんな理由で映画や物語の主人公となる登場上人物を分析すればある程度いい男、いい女の条件が浮かび上がってくるのではないだろうか。男女の良し悪しを量るのは色々なタイプの映画から、別々の形となって現れるからそれぞれの映画について分析して一つ一つ答えを探せばいい。

先ずアクションではどうだろう、その分野で、男はタフで強くなけばいけない。この点はマスト(MUST)なのだ。特に肉体的な強さは人一倍求められる。マーシャル・アーツ的なフィジカルの強さという事だ。極限時における精神的なタフネスも主人公に求められる資質だ。この分野の女性は、そういったタフな男をメロメロにする官能的な肉体と色気が必要になる。可能的に男性のタブネスさを上回る事が必要だとも言える。

次に、冒険物ではどうなのだろう。男性は肉体的、精神的なタフネスはアクションの分野とそれ程変わらないが、加えて謎や窮地に立った時の知恵や頭脳が必要になる。知恵が伴わなければ宝物は発見できないし、窮地を乗り切る事もできない。増してや敵対者と出会った時に対決する技量や力量も必要になる。その分野ではフィジカルにもメンタルにも良い男は高いパフォーマンスを必要とされる。

女性は、アクションと比べて肉体的なセクシャル・アピールは必要無い。むしろ、窮地に主役の男優を救うフィジカル・フィットネスやタフネスさ、優しさ、知性が要求される。これはインディ・ジョーンズシリーズやハムナプトラ・シリーズを観れば良く判る。主人公が窮地に立っときに女性が活躍する場が開けるのだ。

ではコメディはどうか、コメディと言えば男女の区別無くウィットに富んだジョークが連発できる事と、ヒューマニズムに訴える表現ができるのが条件だ。だからコメディに登場する主人公は男も女もこの両方の資質を備えている事が前提となっている。ヒューマン・ドラマとも共通している考えればコメディとヒューマンドラマの共通項を持っている。フレンズを思い浮かべるのが一番いいかもしれない。

最後に男女の魅力が最も現れる。ラブロマンスはどうなのか、恋人達の予感、恋人達の距離1,2やブリジット・ジョーンズの日記、クローサー、ノッティング・ヒルに代表されるラブロマンス系では、男性、女性ともに優しさや、協調性、理解力、そして雰囲気作り、ジェネラルなセンスだと思う。それと男性、女性共に確固たる自分を確立している。

恋人達の距離の主人公であるイーサン・ホークもジュリー・デルピーは話術の上手さを魅力として伝えている。ノッティング・ヒルのヒューグラントは、男の弱さ的な部分を魅力として使っているように思う。クローサーで観るジュードロウは、ファッショナブルで甘いセンス、ジュリア・ロバーツも女性の弱さと強さという精神的な魅力で観衆を惹きつける。

こういう風に映画では観るタイトルのカテゴリによって男女の魅力は変わってくるが、ある意味全てを満たせば本当にいい男、いい女に成れるのかもしれない。ただ、映画も恋愛も受け取る側の解釈のギャップがあるので画一的にこうだと言う様な事はなにのだろう。そういう意味では具体的な結論は無いと言うのが答えかもしれない。

トム・ハンクスを好きな人もいれば、ブラッド・ピットを好きな人もいるのだ。
■昨日の走行距離は前の記事に書きましたね。
■七夕ですねぇ~貴方だったら年に一度誰に会いたいですか?