The mind inside the skirt


夏が来た、オフィスに居ても、カフェテリアに行っても、街中を歩いても、電車に乗っても、女子のスカートが薄くなり裾がヒラヒラとなびく様子は目に付く。今年の流行なのだろうか、細かい柄のプリントされた薄い生地のスカートが特に目に止まる。

腰からお尻にかけて動く感じがとても女子らしくて素敵だとお思う。並木の並ぶ歩道でも、公園の中を抜ける小道でも、地下鉄の階段を見上げる時、どうしても目がその部分へ釘付けになる。視線を感じ取られて、在らぬ容疑をかけられるもの嫌だから視線を外すのだけど、一度外した視線も磁石で吸い寄せられるように戻ってしまう。

無駄な努力なのだ。スカートの柄のせいだろうか、かつて事を経験した事が無かったから戸惑っている。いずれにしろ普通とは違う、普通の生活に加え何か副次的なものが作用しているに違いない。きっと何かが違うのだろう。そんな混乱の日々を過ごしている間に疑問も生まれてきた。

女子はどういう時にスカートを履くのだろう。ジーンズやパンツ・スーツという選択肢もあるのに、スカートを選択する理由は何なのだろう、そんな疑問だ。男子はフォーマルとカジュアルのいずれを選んでもパンツしか選択肢は無い。下に履くのは宿命的にパンツと決まっている。

だから、スカートを選ぶという決意が上手く飲み込めないのだ。起きてクローゼットを開ける、吊る下げてあるスーツハンガーを取り上げパンツを着て、ワイシャツに手を通し、ジャケットを羽織る。一連の「作業工程」は、目を瞑っていても処理できる。何も考える必要も悩む必要も無い。一方通行の真っ直ぐな道が続いているだけだ。

女子は、スカートを選ぶという幾つかの工程が加えられる訳だけど、その作業を頭の中に思い浮かべる事が難しい。イメージは、いつでもモヤモヤしていて、深い霧や曇ガラスの向こう側で起こる出来事のような気がししてならない。現実味が全くない……でも一旦外に出れば、現実的に女子は、スカートを怪しげに揺らし、誇らしげに並木道を歩いている。

スカートを履く決意と判断がいったいどういう風に現れて、どういう過程で決まっていくのだろうか。夏が進むのと同時に謎は深まるばかりで、眠れない夜が続く。もしセミナーがあれば是非参加したいと考えているが、本当に解決できるのだろうか?