ブログネタ:結婚したい? 結婚したくない?(して良かった? 後悔してる?) 参加中オーディオ機器のWebアンケート、アンケート内に加えられた「未婚」「既婚」を多岐選択するラジオボタン。「子供あり」「子供なし」を選択するラジオボタン。住所氏名を書き終わり、住所を書いて、購入店、利用目的を記入してアンケートを書き進めると必ず出会うアンケートの選択肢だ。
推測するに「結婚有無」や「子供の有無」による購買意欲を測る事が目的なのだと思うが、このラジオボタンへ辿り着くとマウスやキーボードを操作する手がパタリと止まる。オーディオ機器のために自分の結婚暦を入力しなくてはいけないのか、それをオーディメーカーに告知しなければいけないのか、疑問が膨らむ。
仮にオーディオ機器メーカーのデーターマイニングの為だとしても、その項目を入力しなければいけない理由をちゃんと説明する義務はあると思う。普通の人なら何のこだわりも無く、カーソルを持っていって「クリッ」とマウス・ボタンをクリックするだけの事で、一瞬で通り過ぎてしまうのだろう。
しかし、何度試してみてもその項目でマウスを操作する手が止まる。何故、その項目にこだわるのか、正直はっきりとした理由は無い。ただ「未婚」というラジオボタンのクリックを誰かに咎められているような気がしてならないからだ。そのボタンをクリックする事で、自分の贖罪を誰かに告白しているような気持ちにさせられる。
加えて、「結婚」の難しい定義を問われているような気がしてならない。質問を読み「未婚」のラジオボタンへカーソルを送る。すると、画面の中からラジオボタンが語りかける。「何で君は結婚していないんだい」突然ボタンは画面の中から浮かび上がり、画面の外を真剣な目で見つめて語るのだ。
語るというのは少し違う。彼らは一様に責め立てているようにも感じる。まるで人生に×印の烙印でも押さんばかりに、他人の心をかき乱し騒ぎ立てる。「そんな事自分の勝手だろ」と反論しても彼らは、そのボタンを押す事を簡単に許してはくれない。
アンケートの画面を見て心穏やかでなくなるのは、そんな理由から生まれる。もしオーディオ・メーカーのPRの人がこのブログを見ていたらアンケートに「結婚の有無」を問う設問をするのは是非止めて欲しいと思う。自分達の商品販売のための情報源になるだろうが、企業イメージを悪くする事は間違い無い。「結婚の有無」を問いかける質問でどれだけ多くの人が傷ついているのか考えて欲しい。
結婚について考える。一昨日の番組の中で米倉涼子が「結婚するメリットって何!?」と江角マキ子に質問していた。米倉涼子がそのように尋ねた気持ちがとても良くわかる。過去に友人の結婚を客観的に観れば、その疑問は膨らむばかりだ。
米倉涼子のような有名な芸能人にもなれば、女性として自立した生活を送れるからそのような発言が出るのか、それとも世の中の女性が皆そう思っているのかは確かではない。結婚という形式的な事に重要性を感じるのは何か、この事自体にどう言う意味があるのか。
何故男女は、愛という心の結びつきだけではいけないのだろうか。男女が居を共にする時、法律の上で「結婚」という国が決めた取り決めに従わなければいけないのか。枠に入って男女が生活を送るメリットは何なのだろうか。未婚の人も既婚の人も、もう一度考えてみると興味深い答えが見つかるかもしれない。
動物の中でも、法律のような枠組みの中で子孫を残すのは人間だけだ。そんな不自然な物に自分達の「愛」を委ねる事にどうしても抵抗がある。ある日、役所から用紙を入手して、ペタリと捺印する。それで君たちは夫婦なのだ。そう言われて何が変わるのだろうか。
そんな言う風に騒いでみても、大多数の普通の生活を送っている人々は、「そういう物にきちんと従って平和に生き子孫をきちんと残しているのだから騒ぐな」と言い結局、長いものに巻かれなければいけない事になる。法治国家で生活しているのだから黙って従うしかないのだろう。
それは、ただ、ウェブ画面にある小さなラジオボタンに出会っただけで生まれる、長く遠い物語なのだ。
■Run 9.9Km 走ったよん