ブログネタ:カレーライス? ハヤシライス? 参加中底の深い皿やどんぶりに入った白米から立ち上る湯気……炊きたてのご飯を大きな皿に盛る、真っ白な湯気が立ち上る様子を想像してみよう。ご飯だけが乗った皿や丼の想像だけでも、唇の端から涎が流れそうになる。柔らかく、甘くふっくらと炊き上がったご飯、その味を簡単に想像できるのは日本人として生まれた特質なのだろうか。
そんな極上のご飯の上にかけて食べる料理、……と言えば、カレー、牛丼、カツ丼、、鰻丼、天丼、中華丼、マーボー丼が浮かんでくる。どの料理を想像しても、口の中の唾液は止まらない、胃の空腹感も増すばかり。どれが一番好きかと問われてもどの料理も甲乙つけがたい。どれか一つを選ぶなんて出来ない。
どうしても、一品を選ぶとすれば最終選考で残る二品がある。それは、間違いなくカレー、牛丼2品だ。何故そういいきれるのか。理由ははっきりしえいる。その二品は一品づつで立派に商売が成り立っていて、料理としての純粋性と単独性を備えて、一つの料理として完結しているからだ。
カレー屋、牛丼屋とい料理の名前の付いた丼物は他に無い。増してチェーン展開される程きっちりと商業化され、国民の庶民の味として浸透を量れば丼物として他の追従を許さないだろう。全国どの街へ訪れてもカレーショップがあるだろうし、牛丼は吉野家、すき屋、なか卯、松屋といった有名店が凌ぎを削っているのは明白だ。
だから、カレーと牛丼の二つは、湯気の立つ白米との組み合わせの王道なのだと言えるのではないか。その両者の中でもカレーは幼少の頃から家庭で食べられているものだ、反面、牛丼は大人になり初めて食べる食品と言う気がする。乱暴な言い方をすれば、カレーを食べた経験が無い人は居なくても、牛丼を一度も食べた人は居るかもしれないという事だ。
そのように考えれると、「カレー」は丼物の王者と言うことができないだろうか。「カレー」こそが日本の丼物の王者として最終選考で頂点に立つ一品だ。丼物として他に並ぶ物は考えられない。それでは、カレーという大きな存在があって、その影にいつも小さく身を潜めているハヤシライスはどうなのか、踏み込んでみたい。
確かにカレーとハヤシは使う具材が似ている事もあり同系列の料理としてに扱われている。でも、思えば実際の味わいは全く違う。スパイシーなカレーに比較すると、こってりとコクをを重視したのがハヤシライスと言う風に思える。味のベクトルが全く違うのだ。
ハヤシライスを考える……ハヤシ定義はあるのだろうか、カレーと言えばカレールウをは簡単に想像できるが、ハヤシのルウはなかなか想像できない。カレーとの一番の違いは味の鮮明さなのだと思う。ハヤシを思っても味の形を説明できないし、カレーでいうターメリックやクミン、オレガノといった特徴のあるスパイスを説明できるように、ハヤシはその味を説明したり特定したりできないという曖昧さがある。
それは、ハヤシという料理が一般的な形で食事の中に浸透していないという証拠ではないか。ハヤシとビーブストロガノフ、ハッシュどビーフ、そんな料理の違いを述べよと言われても困る。正確な違いはどうなのか、それと比較すれば「カレー」は、「カレー味」のするものであれば、どんな形態をとっても「カレー」に成ってしまう、そんな絶対的な存在だ。
さらにカレーに関しては内容物、つまり具材の選定に関する定義は全く無い、だからどのような形、例えば子供と大人用とか、男性用、女性用のように柔軟に変化できるのも王様としての偉大な特徴だと言える。多分、日本に住む平均的な住人であれば、丼の物の王者としてカレーを支持するのではないのかと思う。
■あぁカレーは偉大な日本の食文化だ……こんな書き物をしたらやはりカレーが食べたくなりましたね。カレーの香や味は目を瞑れば誰でも想像できる。そう思いませんか?
■ハヤシという名前は何処からきたのか、ハッシュドビーフが「ハッシ・ライス」→「ハイシ・ライス」と訛った説、「丸善」の創業者である 早矢仕有的が考案したため「ハヤシ」ライスとなった説、レストラン「上野精養軒」の林というコックが賄い食として考案したという説があり……どの説が正しいのか、デミグラソースかトマト・ケチャップを使うのか悩ましい、そんな味の定義付けも残したままだ……。
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