ブログネタ:タイムマシンがあったら過去と未来、どっちへ行く? 参加中

確実に存在する未来がはっきりと見えてしまったら何の為に努力しどうやって生きるのか。


もし未来がはっきりと見え到達するためのまっきりとしたレールが敷かれてしまったら、何もしなくなるだろう。未来が明確に置かれた時点で、どんなに努力して困難に立ち向かおうが、何もせず過ごそうが、結果が見えている事になる。もう少し考えを広げれば、未来が見えた時は既に「立ち向かう事」も「そうしない事」も既に決まってしまっている。

もし、そうだとしたら未来を観る事は自分の人生がどういう風になっていくのか、未来にどんな事が起こるのか。そんな楽しみ(もちろん不安もある)を全て奪ってしまい、将来への思いの彩りを奪ってしまう事になる。未来のある時点に見える自分を含む世界は、変える事の出来ない事実だとしたら、それは絶対に変える事ができない事実でもある。

自分の将来が輝いたものばかりであればいいが、逆であってもその運命を受けいれなければいけない。そんな自分をどうするのか考える事もできない。だから人は未来を覗こうとはせず、今を受け入れて未来に向かって努力していく事が必要なのだと思う。

反対に過去を知って未来を学ぶ事はとても意味のある事だろう。新しい未来を作るために過去を学び、過ちを避け、そして新しい形を作り出す。それが将に人間に与えられた使命なのかもしれない。人間は過去を学び記憶する術を持っている。もし一瞬でも正確な過去を学び取る事が出来るのであれば、未来はもっと、もっと彩のあるものになるだろう。

タイムマシンのシートに座り、コンソール・パネルの時代をセットする時、その数字は今(現在)を示す数字より明らかに小さい数字を選ばなければいけない。次元を超えた旅行ができる時代が本当訪れるのだろうか、それとも人類は絶滅してしまう未来を選ぶのか、そんな未来を覗いてみたい気もする。
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