「男がそんな酒をのむのか?」手に持ったワイングラスを見てのか隣の男が呟く。木製の長いバー・カウンターの席を挟んだ先にはフエルト帽子を被った身なりのいい男がいた。どこかで観たことある男だ。記憶の断片を拾い上げ、一つ一つを確認するがその風体にマッチする人物は見つからない。

長いバー・カウンターの向こうの壁は沢山のジンやウィスキー、リキュールのボトルで埋められている。カウンターの奥には白い上着にボータイをしたバーテンダーがグラスを磨いていた。何処かのバーのようだったが覚えが無い。だいたい自分が何処にいるのかも分からないのに、隣に座る人物がわかる筈がない。

少し前の事の記憶を掘り起こす。自宅のキッチンでパスタを茹で、ソースを絡め、いつものようにワインのコルクを抜いた。パスタの皿を空にした後、テーブルの上に放り出してあった「本」を手にとって、ワインの続きを飲んでいた。そこで記憶は切れていた……

「何の本を読んでいたんだ……The Long Goodbyeそうか……」

私立探偵フィリップ・マーロウ、きっとここは「ダンサーズ」のバーカウンターできっともう直ぐテリー・レノックスでも現れるに違いない。そこまで辿り着ければ後は夢が覚めないのを祈るだけだ。
■その夢の続きから朝のキッチンでパスタを茹でる事になるとは……やれやれ