ブログネタ:転校生に関する思い出 参加中

朽ち果てた空家、そんな空き家に引っ越してきた。「四日市」そんな地名を聞いたのはニュースの公害の報道だけだった……彼はそんな所からやってきた。同じ町内の4軒先の空家、引越しの小さなトラックがやって来たかと思うと、あっと言う間に引越しは終わった。小学生が見てもとても簡単で小さな引越しだった。

引っ越してきてから数日、彼は家の前でサッカー・ボールを蹴っていた。4月の上旬の事だ気温はまだ高くなく桜が散り始め次の季節を意識し始めた頃だ。夕暮れ時に一人で寂しそうにボールを壁に向かって蹴る姿が印象的だった。

月曜日の朝の朝礼で彼は担任の先生に紹介された。彼は大きな声で名前を言った。明るくはっきりとした言葉だったが、言葉の中には聞き慣れないイントネーションがあった。その当時自分はとても内気だったので、紹介があってからも彼と暫く話す事は無かった。

彼は明るく誰とでも話し、直ぐにクラスの中へ溶け込んでいった。凄い勢いで友達を作りクラスの中でも人気者になっていった。自分は人見知りで友達が作れなかったからとても羨ましかった。どうすれば沢山友達ができるのだろう。真剣にそう思った。

家の窓際から見える彼は、壁に向かって一人でボールを蹴っていた。小学校のサッカー部に入るわけでもなかった。サッカーを知らない人でも一目見ればその才能は十分に分かる程だった。彼程の才能があればきっと大きなチームでもエース・ストライカーになれるはずだと思った。

しかし、チームへは入ろうはせず我家と酒屋母屋をを隔てる長い大谷石で出来た塀に向かって黙々とボールを蹴っていた。彼がどうしてチームに入らないのかとても不思議だった。ある日、家の使いで近所の肉屋にコロッケを買いに行った。小学生にもなればコロッケを買う位のお使いはできる。

コロッケの入った袋をぶら下げて帰る道、酒屋の大谷石の前まで来ると、いつもと同じように彼はサッカーボールを蹴っていた。目が会うと彼から挨拶を交わしてきた。クラスの連絡以外、プライベートな話をする機会は無かったが、そんな状況で言葉を交わさないわけにいかない。

彼はボールを蹴るのを止め、大谷石から通りを挟んで反対側にある石垣に腰を降ろした。並ぶように石垣へ腰かける。彼は転校する前に居た四日市の話ををしてくれた。初めて聞いた場所の事だったので興味を持った。話に聞きいる。彼の話は人を惹きつける。

小学校に入ってから十数回目の転校らしたのだそうだ。それでも悪びれる事も無く、親の引越しと一緒に転校を繰り返した。転校のコツや、四日市の事を熱心に教えてくれた。四日市の大きな道路、大きな神社の話。そのうち彼のお腹が大きな音を出して鳴った。

よほどお腹が空いていたのだろう。お使いのコロッケだったが、持っていた袋を差し出すと、彼は美味しそうにコロッケをほうばった。気がつくと、袋の中から瞬く間にコロッケは消えていった。彼があまりに美味しそうに食べるので静止できなかった。

袋は空になった。家に帰ってコロッケの事を母親に詫びたが、夕食を食べさせてもらえなかった。理由を説明する気持ちも無かったし説明しても信じてもらえなかっただろう。数週間が過ぎると、ホームルームの時間に先生から彼が転校するという連絡があった。

彼は教壇へあがるとチョコンと頭を下げただけで、何の言葉も発しなかった。その週の土曜日、彼の家の前には引っ越してきたのと同じように小さなトラックが停められ、あっと言う間に荷物を片付けた。

彼はサッカーボールを片手にその様子をじっと見守っていた。出発の段になってやっと彼に挨拶をする勇気が出た。階段を下りてサンダルを履くと彼の所に行った。彼は顔を見るとニコッと笑い「じゃあな、コロッケ美味しかった」そう言った。彼の腕に挟まったサッカーボールは安物のゴムボールだった。

トラックの運転席には母親と思われる人が引越し屋さんの隣に座って此方に向かって軽く会釈をした。彼女の痩せた頬がとても印象的だった。彼は急いでトラックに乗り込み窓からVサインをしていた。トラックのエンジンは無機質音を街に響かせると通りの向こうへ小さく消えてた。
■転校生の思いでは四日市からやってきた彼と、違う学校の制服を着た彼女です。