ブログネタ:あなたが考える「男らしさ」「女らしさ」って何? 参加中数ヶ月経った頃、定期的なペタの交換がいつしかコメントの交換に変わる。最初は挨拶から始まり記事の内容について語るようになる。そして文章には少しだけ感情がこもる様になり、個人的な事を話したくなって、コメントはいつのまにかメッセージに変わっていく。
メッセージ交換には沢山の個人的な情報を含むようになり、交流が進み、さらに親しくなれば実際に会ってみるという状況も訪れる。実際にアメブロのランナー達は、もう現実の世界で一緒に走りだしているし、東京マラソンや幾つかのマラソン大会では、互いに応援し励ましあっている。
これは、バーチャルの世界からリアルの世界へ道を繋がる一つのパラダイムだ。こんな風にバーチャルな世界から共通の趣味や話題を通じて世界を広げながら、現実の世界での友人になる。とても素敵なネットの活用方法だ。
統計によればネットを通じて知り合った人の50%以上は実際の世界でも会ったりしてるらしい。人との出会いが減った社会で、少しでも機会を提供できる事は、ネットのもたらした大きな利点だろう。反面、そんな出会いの機会を利用した犯罪も多発しているから、会う前には信頼を充分に確立して欲しいと思う。
昨年の中旬「バーチャルな世界での人格」と題して、ネットでやり取りでは、仮面を被っていくらでも詐称できるというような記事を書いた。内容を要約すると、ネットに上がった文章だけで判断すれば、「文章の書き方によっては性別、年齢、容姿、そのようなな事ばかりでなく人格や性格までも詐称する事ができる」という内容だった。
先日さるブロガーさんの記事にお邪魔したら「長い間コメントやメッセージのやり取りをしていたが、相手の性別を逆さまに解釈していた」という事が書かれていた。相手もそのブロガーさんを逆の性別だと認識していたのだから、とても愉快な事になっていた。
今回はとても仲の良い気心の知れた仲間だったから笑い話に終わった。しかし、これは少し間違えば、事件や怖い事にも発展する事もあるので、相手を充分に見極めた上で少しずつ個人的なレベルへ上がって言ったほうが無難だと思う。ネットは自分を隠しておけるのが一つの利点だけれど、それが逆になると犯罪など恐ろしい事に繋がる。
前記のブロガーさんの「性別間違い事件」で興味深かったのは、相手の性別をどうやって特定したのかという事だ。そうして相手を「女性」と思い込んだり「男性」と思い込んだりしたのだろう。
アメブロ大学、文学部、メディア文学科専攻としては論文にしたい程の題材だ。もし国文科の大学生がこのブログを読んでいたら卒論のテーマにして欲しい。タイトルは「メディア言語とジェンダー理解」とでもしてはどうだろうか。A+が単位が取れる事間違いない。
さて、ネットでの男らしさ、女らしさはどうやって決まるのだろう。体力……これはあまり関係無さそうだ。持久力……根気は男女差より個人差だろう、技術……少し関係しそうだ、確かに技術畑には男性が多い、でも女性にだって高い技術を持った人は大勢いる。
言葉遣い、雰囲気、論理的な解釈はできないが、たぶんそんな曖昧な感じが男女差を表現しているのだと思う。だから、長いコメントやメッセージのやり取りの中でも男女の区別が付き難い現象が生まれるのだろう。日本語は女言葉や男言葉があるから、それでも男女の区別はつきやすい。
考えてみれば、ネットという電子世界の中で男女というジェンダーがある事自体が、変なのかもしれない。ネットに入ってしまえば、誰も性別を失うという答えが正しいのかもしれない。人格だってネット上で形成できる。将にセカンド・ライフのような仮想世界に起こる象徴的な事実なのだろう。
■日本語はいいですよね、女言葉、男言葉があって、英語など男女の言葉の使い分けが無い言語ではどうして判断するのか興味深いと思いませんか?
■Run 10.2Km 闇の河原を黙々と走りました。この気温、最高と感じる人多いいでしょう。