ブログネタ:付き合うときに重視する3つのポイントは? 参加中好きになるという行為は、少なくとも2つの方向性があるとような気がする。一つは相手を選ぶ外的な要因、二つ目は内的な要因だ。この二つのベクトルが上手く重なりあって、正しい方向と大きさを持てば「付き合ってもいいな」と思えるようになるのだと思う。
もちろん、外的・内的な要因は100名の人がいれば、100種類の組み合わせが出来上がる。要因を構成する要素は沢山あるのだから、それこそ無限大の答えがあるはずだ。皮肉な事にそんな無限大の組み合わせがあっても、上手く正しいベクトルを選び出せない人も沢山いし、簡単に組み合わせができる器用な人もいる。
何かちょっとした間違いに気づかずに相性の悪い二つを選択してまう。そんな結末は往々にしてあるとも言えるが、とても偶発的な選択だったとも言える。いずれにしろ、恋に落ちる前には、意識的・無意識に大きな二つの選択をしていて、人により選択方法が異なる。
外的・内的については普遍化できないから個々の価値観の観点から考えてみるしかないないのだろう。先ず外的な要素を具体的に考えてみる。相手の性格や容姿は外的な要因だろう。他にも、顔立ち、スタイル、髪の毛、顔のパーツ、生活のスタイル、知識、優しさ、穏やかさ、自己、清潔感、料理、体力、健康、経済力、ユーモア、包容力、安心感、臭い、味、柔軟性考えればまだまだ沢山ありそうだ。
内的要因はもちろん外的要因に強く紐付いている事も確かだが、もっと内側から起こる序熱的な事をであると言えないだろうか。例えば「理由もなく好き」とか「何故か愛せる」、「一緒に居たい」など「何故?」と尋ねられてもちゃんと答えられないような自分の心理の事だ。「一目ぼれも」もしかしたら内的な要因の一つかもしれない。
外的な要因は脳と深く結び付き、心と深く結びついていると考えられないか。だとすれば内的な要因の方が恋愛を語る上で純粋で崇高な事ともかんがえられる。ならば、「外的・内的の要因の3つを選択しなさい」と尋ねられたら内的な要因の方を取ると言うだろう。
過去の恋愛経験を振り返ってみると、やはり盲目であったのと同時に論理的な理由は持ち合わせていなかった。ラテン的に「情熱」と言い切ってしまうと簡単だが、実際の心理状況は複雑で入り組んだメディナ様でもあり、銀河系のように広大な心理の海から生まれていたようにも感じる。
内的に「自分の心が相手を求めているのか」、「自分の心に相手が必要な人なのか」、「自分の心が相手を愛しているのか」恋愛を始まりの条件を選ぶとすれば、そのような三つの内的な事なのかもれない。もしそんな三つの要素がちゃんと揃えば、外的な要因になんてベクトルが左右される大きさは、limit→0という方式が成立ちそうだ。
■Run 0Km Swim 1Km, ジムで軽く走ろうと家を出たのですが、ロッカーの前でバッグの中を見るとシューズが見つかりませんでした。Swiminグゥに変更を余儀なくされました。
■レコード(LP)を6枚購入、Finally I had gotten Oscer Peterson's LP records.