ブログネタ:自殺について考える 参加中薄っすらと白みがかった空が新しい明日を告げる。
明日は古い昨日の積み上げでしないのに。
昨日は多くの事を告げるのに、新しい明日は何も語らない。
言葉は何処にいるのだろう。
見つからない言葉を捜して明日を生きる。
彼らは生活が住む家が無いと言う訳でもないし、食事に困るという訳でも無い。精神的に追い込まれていたというのであれば、それは当事者でないと解らない闇があるのかもしれない。自殺をもっと社会的に考えれば二人は一部でしかない。
日本の自殺率は世界でも有数だが、一体何がそうさせているのか。日本は経済力もあり、戦時下にあるわけでもない。ある程度平和な社会が形成されていると言ってもいい。それにも係わらずこれほど多くの人が自らの命を無駄にしている。
原因の一つには日本社会に漂う閉塞感もあると思う。見据える目標、行く先が見えないといった感じは誰でも思う事だ。(一部の)政治家や官僚達はくだらない議論に時間を費やし、国民の方を見ようとしない。そして明るい政策(日本としての目標)を掲げようともしない。
政治家や官僚に全てを押し付けるわけでは無いが、日本をリードするべき立場の人達が明るく適切な目標を掲げられないのでは、国民はいったい何処へ向かって生きていけば良いのか、地図を持たずに砂漠を歩いているような気持ちになってもおかしくない。
年金問題、後期高齢者年金の問題、財政破綻など暗い部分を払拭できる解決策を何も持ち合わせていない。普通の人でもこんな暗い部分ばかり見せられたのでは、憂鬱な気分になってあたりまえだ。毎朝、地獄のような満員電車に揺られて通勤をするけれど、暗い地獄列車に乗っているような気分になっているのは一人だけでは無いと思う。
もう一つ心の弱さの問題大きいと思う。豊かな物に囲まれ自分の欲求を常に満足させられる環境に育ってきた人々に我慢強さや名張強さが無くなってしまったような気がする。枠を自ら決め外れると逃げ出したくなる。立ち向かうための闘争心の欠如も原因なのだろう。
格差の増大も問題だ。全体主義が正しいという訳ではないが、少なくとも互いが助け合って全体力を発揮するのが、昔からの日本人の国民性だったような気がする。日本人はそんな良い特質をいつの間にか失ってしまったのだろうか。だとすれば勿体ない事だ。
政治社会や民族性の問題だけではないが政治家、官僚をはじめとするリーダー達はもう一度国民の方へ顔を向け正しいリーダー・シップを発揮して欲しい。暗い世相を払拭するためにも。