ブログネタ:恋人のAV許せる? 参加中SEX,LIE,AND Adult Visuals
「女がそれを求めているなんて大嘘よ……」
そんな言葉が響く映画があった。1989年にスティーブン・ソーダバーグが作った映画「セックスと嘘とビデオテープ」、カンヌ映画祭でグランプリを獲得した映画だ。このAV(Adult Visual)の記事を書こうと思いたった時に先ず思い出したのがこの映画の事だった。
男女とセックスを考える時、「嘘」という人間の心理的な現象が伴う。映画の中でも女性達の「嘘」という事が一つのテーマだったように、「セックス」と「嘘」という関係は微妙な繋がりがある。恋人が気づかれないように本棚の奥に「AdultDVD」を隠し持っている事や、女性が無意識に偽って作る社会的なイメージや虚像もその一例なのかもしれない。本棚の奥に隠されたAdultDVDは、将にその象徴と言える。
このテーマの議論は、いつもジェンダーという辞書を使って別々の言語を使って翻訳される。しかし悲しい事に互いの辞書に、相互に翻訳できる単語や熟語が記述されていない。だから会話がされる時一連の言葉は正確に翻訳される事はない。それがこの議論の出発点であり、そしてまた終着点でもある。
語り始めは、互いに本質を語り始めようとするが、何故分かり合えないのかという疑問に帰着する。結局は辞書の解釈が噛み合わないのだ。スペイン語の辞書を使ってロシア語の文学は訳せないように、噛み合わない辞書を使って、互いのストーリーを正確翻訳する事はできない。
男女が生理的に異なる機能を有する限り普遍的な現象なのかもしれない。例えばこんな感じだ、「女性が部屋の本棚の中にAdultDVDを発見し男性を咎める。男性はどうして咎められているのかわからない」とても象徴的なシチュエーションだ。
「男性は、AdultDVDの所有は誰にも迷惑をかける事で無いと思い、女性は自分以外の女性の裸にに興味を示している事が自体が罪悪なのだと思う」互いに見つめている方向も角度も異なっている。異なるスコープの中で違うビジョンを見て議論しても話は成立しない。だから男性はしかたなく「嘘」をつく事になる。男性の「嘘」は個人的な事が多い。
女性はどうか「女がそれを求めているなんて大嘘よ……」言葉の虚偽は持っている男性辞書では翻訳できない……絶対に。その言葉は真実なのか嘘なのか単純な区別もつかない。言葉を頭で理解しようとすればする程混乱が増す。少なくとも女性達が何を求めているのか、いくら話を聞いても理解できない。きっと大勢の男性達はそんな風に感じているのではないか。
このテーマがとても面白いのは「本棚の中のAdultDVD」という無機質な状況の中に男女の感情を表す多様な意味を含含んでいることだ。事象はとても単純なのにそれに含まれる意味はとても複雑で難解でそんな事が興味深い。
■Swim 1Km さぁ夏だ泳ぐぞ!
■少なくとも論理的にコンシテンシィが保たれないのはおかしいと思う……なんてね。だからお前はだめなんだ
ゴツン!