ブログネタ:どこでもドアを一回だけ使えるとしたらどこへ行く? 参加中終わったBLTサンドの空き箱をゴミ箱へ放り込む。ダイニングからリビングへ向かう廊下を歩きながら、その夜のテレビ番組の事を考える。面白そうな番組を思い付かない。「NHKニュースだけチェックして、明日からの海外出張の準備を早く始めよう」と考えリビングのドアを開ける。
部屋を横切りソファに腰を降ろして、片手でネクタイ緩めワイシャツ第一ボタンを外しながら、もう一方の手でリモコンのスイッチを押す。その朝、NHKのニュース番組を見た後に玄関を出た筈だから、停電でも無い限り電源を入れればNHKの映像が映る筈だった。
チッという機械的な音の後にスクリーンが明るくなる。スクリーンには見覚えのある二本のタワーが映し出されている。一本のタワーの中部からは黒い煙が空へ立ち上っていた。テレビをオンにしてから数分間は、その光景が何を意味するかわからなかった。
ハリウッド映画の特撮をNHKが流しているのか、画面に映し出される映像には現実味が無い。こんな光景が事実だとは思えない……それにしては良く出来過ぎている。数秒後、アナウンサーの緊張した声が流れ、画面の映像が現実である事を知らされる。
知らされた後も暫くは信じられない。そのうち2機目がノースタワーに飛び込み現実に起こっている事なのだと考えないわけにも行かなくなった。目は画面に釘付けになり身動きも取れない。アナウンサーの緊張と興奮した声色が画面のこちら側にも伝わってくる。
飛行機がビルへ衝突するシーンが繰り返し繰り返し放映される。暫くするとペンタゴンへ別の航空機が墜落したいう速報も入る。あの有名な五角形の建物の一角から、どす黒い煙が立ち昇っている。いったいアメリカで何が起きているのか、もうテレビの前を一歩も離れられなかった。
次の日の出張の事を忘れ、テレビの画面に釘付けになった。ゆっくりと立ち上る煙、煙突のようになったビルの姿、そしてビルへ衝突する飛行機、ペンタゴンの煙、そんな映像があった。「これはハリウッド映画じゃないんだ」自分にもう一度言い聞かせる。
何度も言い聞かさないと画面からだけでは、事の重大さが現実味を帯びてこない(本当はそれでも不十分だった)。映し出されているのは、間違いなく現実のマンハッタンの風景なのだ。深夜に近づくとあの巨大な建物が砂山を崩れるように消え、そしてマンハッタンのダウンタウンは白い煙に包まれた。
今でもあの光景は忘れない。はっきりと目に焼きついている。歳を重ねれば何度か歴史的なシーンと巡りあう事もある。「ベルリンの壁」が壊された時だってスクリーンのこちら側で傍観者だった。テレビは電波に画像を乗せて色々な物を見せてくれる。でも、画面で見る映像には今ひとつ現実味が足りない。
画面のこちら側はあくまで間接的な傍観者でしかない。安全な場所に身を置き、そして楽しむように映像を眺める。そんな間接的な関わり方が良いのか悪いのかわからない。でも出来るなら、一度で良いからそういった歴史的な瞬間に立ちあい自分の目でその瞬間を見てみたい。
もし許されるなら、画面に映る場所へどこでもドアを使って行き歴史が変わろうとする瞬間に立ち会ってみたい。
■Swim 0.5Km
■さぁ、今日は駅伝の日、天気が心配だなぁ~仮装駅伝です。膝が痛いのは持病だから仕方が無い、気持ちよく走れればいいや。