ブログネタ:超タンパクな恋人と、ウザいほどの恋人どっちがいい? 参加中

常態化すると対象が視野の中から消え背景と同化してしまう良くある事だ。どんなに素晴らしいものでも慣れにより存在を忘れてしまう事がよくある。恋人同士や夫婦の関係も、単なるコモディティとなってしまう判例の一つなのだろうか?

一度考えてみたくなった。恋人同士のマンネリ化、夫婦間の倦怠そんな話はどこにでもある話だ。何割程度の恋人や夫婦が倦怠を抱いているのか、またそれはいつ頃から始まるのか興味を覚えた。例によって調べてみたが、よく耳にする内容にも関わらず思った以上に情報が少ない。

検索しても有用なデータばかりか、手がかりもひっかかってこない、多くの人が同じような悩みや問題を抱えているのであれば、皆で協力して問題解決をするための場や手段があってもおかしくない。ところがこの問題を広く討議したり、分析する場がネット上で見つからない。どうして無いのか不思議だ。

物事を長く続けていたり、食べ続けてと飽きるという心理的現象が起る。これは多分人間特有の心理現象なのだと思う。飽きるといった心理が長く交際を続けていると起るのだ。それが恋人間や夫婦間の倦怠にを引き起こす原因となる。

人が人間という動物である以上仕方が無いのかもしれない。それでも、男女間には差があるようだ。女性は比較的我慢強く、男性は飽き易い傾向があると思える。浮気がその一例だ、そう言うと意義・異論はありそうだ、しかしまるっきり関係が無いとは言えないだろう。男性の方が一般的に飽きっぽいと見えるのには意義はないだろう。、

持久力の必要な作業を見ても女性が適正があるように感じる。細かく同質の作業を長く続ける事は女性に分がある。男性はもっと短期的で、暴力的(?!)な作業の方が向いていそうだ。多分これは原始生活における男女の役割がDNAのどこかに残っているのだろう。

飽きがこない方法をいくら調べても出てこない。……ので持論を述べるしかない。飽きずに長く人と過ごす方法は無いのだと思う。人であれば必ず長く一緒に居れば必ず飽きる。だから、飽きる前に互いに心身共にリフレッシュして、互いに飽きない状態を維持し続けるよう努力する事が必要だ。(維持し努力し続ける事が必要だ。)

飽きを逆手に使って、自分の周りで飽きてしまった「事」や「物」には見切りをつけて、自分の周りをリフレッシュするという作戦もあるので試してみて欲しい。でもドラスティックに変えすぎると全然別物になってしまうので、ほどほどに変える程度が良いかもれない。

さて淡白ウザイ恋人のどちらが飽きが来ないで済むかと言うと。きっと接点の少ない分だけ淡白な恋人の方に分があるような気がする。時々会って、初めて見る仕草や新しい性格の発見など、色々な発見があったら飽きはしないのではないか。

数時間、数分という短期間のコミュニケーションが長く続けば、相手の事がわかりすぎる。手の内を全て知ってしまうかもしれない。そうすれば当然早く飽きてしまうのかもしれないし、増してうんざりしてしまうかもしれない。もし長い付き合いをするのであれば、やはり淡白なガールフレンドに分がありそうだ。
■Run 9.97 Swim 1.0 Drive 120Km