ブログネタ:店員さんから声をかけられるのはOK? 参加中ショッピングがとても上手な人を苦手な人がいる。上手な人は、ショッピング自体を楽しんでいるように見える。長い時間をかけてショッピング・ストリートを回っても全く疲れた様子を見せない。逆に訪れる店の数が増せばそれだけ元気が増していくようにも感じる。
様々な商品を比較して自分の嗜好にマッチした物を探し出す。衣類は何度も試着を繰り返し自分の体型にフィットした物を選ぶ。どんなに時間がかかろうと、どんなに長い距離をあるこうが、何度試着しようが根気強くへこたれない。
一日の最後に探しているベストな商品を手にしている。そして満面の笑みと充実感に満ちた声で、「じゃあ、食事にいきましょう」と締めの食事を誘う。そこには、ショッピングによる疲弊など微塵も含まれていない。ショッピング・マスターとそんな人だ。
一緒にショッピングへ出かけると、一日の最後にはそんな言葉をかけられて山のような商品の数々を手渡される。そして両手や肩に大きな商品が入った袋を提げて後に従うしかない。着いたレストランでは、どれだけ素晴らしい商品を安価で手に入れられたのか、その商品はどれだけ入手しにくいのか、そんな話をアペタイザーからデザートまで聞かされ、その日のショッピングと反省会は終了する。
そんな一日は、ショッピングのための日と決めた日だったのだ。それは悪い事では無い、目的をきちんと持つ事悪い事ではないし、はっきりさせるのは簡単に出来る事ではない。沢山の商品を頭の中へインプットして導線を考えて合理的に店を廻る。目に留まる商品があると時々順路を外す事があるらしいが、まるでカーナビの経路検索のようにすぐ補正されるた。たいしたものだ。
一緒に着いて廻る方は考えがわからないから、綱を腰に巻きつけられて引きずられるように、大きな荷物を持ってポーターのように従うしかない。店員とのやり取りが素晴らしく上手だ。自分で一人で悩むような無駄な時間は使わない。手の空いている店員を呼びとめ、意見を聞き上手く値引きを引き出す。
ショッピングへ出発する前からその日のシナリオが出来上がっている。ファッション雑誌で商品について基礎知識もあるから店員との話もスムースだ。時には店員がたじたじになるシーンもある程、かといって店員に嫌われる事も無く、買い物の終わりには友達のように仲良くなっている。遠目に見ていると周到に準備されたドラマを観ているようだ。
注意深く観察すると、ポイントはどうも接客する定員との会話にあるようだ。商品知識をベースとした話術に定員が引き込まれていくのが分かる。会話を進めていくうちに、自然な感じで友達のようになっていく。何の不自然さもそこにはない、一連の事が音楽を奏でるように流れていく。
そんなショッピング上手な友達を見ているととても羨ましい。だいたい買い物のために一日を使う事ができない。一日をショッピングだけで終わるという発想が無い。生活の支持のための二次的な行為であり、趣味や娯楽にはどうやっても成りえない。だから、だから極力短時間で済ますと言うのが目標となる。
当然店員と話している暇も無いし、値引きを気長に引き出す余裕も無い。早く済ませて、「家に帰ってDVDでも観よう」そんな感じだ。定員が寄って来ると、その場を離れ話かけられない所へ移動する。仮に話しかけられても友達のように基礎知識が無いから、定員の言う事を丸呑みするしかない。当然そこで話は盛り上がらないので、いい鴨だったり火へ飛び込む夏の虫状態なのだ。
しかしショッピング術を上達しようと、友達真似してもきっと上手に真似はできないと思う。それにショッピングよりは家のソファでゴロンと転がってDVDでも観ている方が楽しいと思うだろう。最近はネットショッピングができるようになり、店員に声をかけられる心配も無くモニターの前で気兼ねなくショッピングを楽しんでいるのが現実だ。
先日、友達とショッピングへ行った時に探している商品が見つかったのに買わずに出てきた。不思議に思い聞いてみると、「あの店員使えないわ、説明を着ても商品の事ぜんぜん知らないし、知っている店員がいる時にする」といってばっさりと切り捨てた。
そういえば何日か前、PCの操作説明を尋ねられた事があったけどちゃんと説明できなかった。それからその友達からは何日間か連絡がなかったけど、きっとそういう事なのかもしれない……
■レース終わりました。今日のレース会場運営は本当によくやっていると思いましたが、コースの所々に鉄の復興版がありとても滑るんです。危険なのでカーペットみたいな物を敷いてもらえると良いと思いました。
■Swimへ行こうかと思ったけど気が乗らなかった。そんな感じです。膝はやっぱり厳しいな。 Run 10Km
■来週は霞ヶ浦ですね。